穀物を売り買いするある商人のところで、モイシェという名の若い男が働いていた。賃金は週に2ズウォティ(ポーランドのお金の単位)だった。長いこと、そこで働いてきたモイシェは、あるとき、自分の賃金はなぜこんなに少ないのか、と主人に聞いた。
「もう1人のモイシェが週に6ズウォティもらっているのに、なぜ、おれは2ズウォティなんですか?」
その穀物商のところでは、もう1人、モイシェという名の男が働いていたのだ。
「まあ、待て」と主人は言った。「そのうち理由を教えてやるから。」
数日後、その穀物商の家の下の道を、10台ばかりの荷馬車が隊列を組んで通りかかった。
主人は、急いで2ズウォティのモイシェを呼んで命じた。
「通りにおりていって、なにを運んでいるか聞いてこい。」
モイシェは道におり、もどってきて報告した。
「トウモロコシを運んでいるそうです。」
「おりていって、どこにトウモロコシを運んでいるのか聞いてこい。」主人は命じた。
モイシェはまたおりて、荷馬車まで駆けていった。
モイシェはもどってきて報告した。
「トウモロコシを市場に運んでいるんだそうです。」
「急いでおりて、誰に頼まれてトウモロコシを運んでいるのか聞いてこい。」
トウモロコシ商人たちはもう村はずれにさしかかっていたので、あわれなモイシェは、犬のように走らなければならなかった。
モイシェは走ってもどってくると、言った。
「となり町の町長さんに頼まれた荷物だそうです。」
「じゃあ、トウモロコシの値段を聞いてこい。」
モイシェは、トウモロコシ商人たちに追いつこうと、馬に飛び乗った。もどってきてトウモロコシの値段を伝えると、主人が言った。
「そこで、少し待っておれ。」
主人はもう一人のモイシェ、つまり6ズウォティのモイシェを呼んで言った。
「下におりていって、さっき通った荷馬車の商人たちの様子を見てきてくれ。」
6ズウォティのモイシェは、馬にまたがってトウモロコシ商人を追い、もどってきて報告した。
「あの人たちは、となり町の町長さんに頼まれて、トウモロコシを市場に運んでいる商人たちでした。それで、売値を聞いて、すぐさま、それより少し高い値段で買うと申し出ましたら、重い荷物で運び疲れたので、うちの倉庫に荷をおろそうと決めてくれました。もう、こちらにむかっています。」
「これで、あのモイシェとお前の賃金が違う理由が、わかっただろう?」
自分の経済的価値はいくらなのか?
どのような人間が能力があり、どのような人間に需要があるのかがわかる。
2ズウォティのモイシェは主人から言われたことはしっかりやる。言われたことをやらなかったり、言われたこととは違うことをやるよりはましである。しかし、言われたことしかできない、言われたこと以上の仕事はできない。
1を聞いて1をやるのか、1を聞いて10をやるのか。
指示を受けたとき、どうしてそれが知りたいのかをきちんと想像して理解できるかどうかで、この差が生まれている。言葉の意味をそのまま捉えることが多いと、期待以上のものは提供できないことになる。
子どもの頃のお手伝いの経験は、親から家庭内の仕事の一部を指示されて任される。その過程でコミュニケーション力、段取り力、計画力、問題解決力、最後までやり遂げる力が自然に身に着く。それが仕事をする力につながる。
上司や親は、穀物商のように時給をあげる方法を本人に気付かせるように、導いていく必要がある。