話に出てくる、ボーディサッタとは「のちに仏陀になるはずの人」という意味で、お釈迦様の前の世の姿のこと。
内容
むかしむかし、ブラフマダッタ王が、べレナスの都で国をおさめていたころのことです。ある村に、ひとりのバラモン僧が住んでいました。この人はベーダッバという魔法の文句を知っていました。これはたいへんありがたい魔法でした。そいうのは星のめぐりあわせのぐあいのいいときに、この文句をとなえてから空を仰ぎますと、たちまち天から七いろの宝物ー金・銀・さんご・しんじゅ・ねこめ石・ルビー・ダイヤモンドーが、雨のようにふってくるのでした。
ちょうどそのころ、ボーディサッタがこの坊さんのところに弟子入りをしていました。ある日のこと、バラモン僧は何かの用事があって、ボーディサッタをつれてじぶんの村を出て、チェーティヤの国へさしかかりました。
その途中で、ある森の中に、五百人のどろぼうが住んでいて、道ゆく人たちをおびやかしていました。バラモン僧とボーディサッタは、そのどろぼうにつかまえられてしまいました。
このどろぼうは「使いをよこす山賊」と、いわれていました。なぜかというと、この山賊はふたりの旅人をつかまえると、かならずそのひとりを使いによこして、身代金を取りたてるからでした。父親とむすこをつかまえれば、父を使いによこし、母とむすめをつかまえれば、母をつ使いによこし、きょうだいをつかまえれば、兄を使いによこし、先生と弟子をつかまえれば、弟子を使いによこします。このときにはバラモン僧を人質にとどめておき、弟子のボーディサッタを使いに出して、身代金をとってくるように言いつけました。
ボーディサッタは先生にあいさつして、
「わたくしは1日2日のうちには、かならず帰ってまいりますから。ご心配なさいませんよう。ただ、このことだけは、くれぐれもお気をつけください。きょうは、ちょうどあの宝をふらすことのできる星のめぐりあいが起こる日にあたっております。けれど、この災難から早くのがれたいばかりに、魔法の文句をとなえて宝の雨をふらせるようなことは、けっしてなさいませんように。もしそんなことをなさると、先生も、このどろぼうどもも、生きてはいられないのですから。」と、言いました。
そして、こう先生に注意をしておいて、弟子のボーディサッタは身代金をとりに出かけていきました。
日暮れになると、どろぼうたちはバラモン僧をしばりあげて、横にならせました。ちょうどそのとき、東の空からまんまるな十五夜の月がのぼってきました。バラモン僧は空のもようをつくづくとながめ、星のめぐりあいのおこる時刻になったことを知りました。(そうだ。なにもこんなひどいめにあって、がまんしていることはない。わたしは魔法の文句をとなえて、宝の雨をふらせ、どろぼうに身代金をはらって、自由の身になろう。)
バラモン僧はそう思ったので、どろぼうたちをよんで、
「これこれ、おまえたちはなぜ、わたしをつかまえておくのだね?」と、たずねました。
「身代金をとるためさ。」と、どろぼうたちは言いました。
「ふうむ、もしそれだけが望みなら、いそいでわしのなわをといてくれ。それからわしの頭をあらって、わしに新しい着物をきせ、香水をふりかけ、わしのからだを花でかざってくれ。それがすんだら、あとはわしにまかせておいてもらいたい。」
どろぼうたちは言いつけられたとおりにしました。バラモン僧は星のめぐりあう時刻を見はからって、魔法の文句をとなえてから、天を見あげました。するとたちまち空から、もろもろの宝がおちてきました。どろぼうたちはそれをひろい集め、じぶんたちの上着に包むと、でかけました。バラモン僧もその後からついていきました。ところが、途中でこのどろぼうたちは、べつの五百人のどろぼうにつかまってしまいました。
「なぜ、おれたちをつかまえるのだ。」と、第一のどろぼうどもがききました。
「金がほしいからさ。」と、第二のどろぼうどもが言いました。
「金がほしいんなら、あのバラモンの坊主をつかまえるがいい。あの男がちょいと天を見あげただけで、天から宝物があめのようにふってきたんだからな。おれたちがいま持っている宝も、あの坊主がくれたものだよ。」
そこで第二の山賊どもは、第一の山賊どもを逃がしてやって、かわりにバラモン僧をつかまえると、
「さあ、おれたちにも宝物をよこせ!」と、どなりつけました。
「できることなら、よろこんでさしあげたいのですが、じつは星がもういちど、つごうのよい位置にくるまでには、1年ほどかかるのです。宝がほしかったらその時まで待ってください。そうすれば宝の雨をふらせてあげましょう。」と、バラモン僧は言いました。
「このくそ坊主め!」と、どろぼうは腹を立ててさけびました。「あいつらにはつい今しがた宝物の雨をふらせてやったくせに、おれたちには1年待てだと!」
こう言うと、第二のどろぼうどもはバラモン僧をするどい刀で、まっぷたつに切って、死体を道にほうりだしました。それからいそいで第一のどろぼうどもを追いかけていって、切りあいをして、あいてをみんな殺して宝物をうばいとりました。
ところが、こんどは第二のどろぼう仲間が、2つに分かれてあらそいをはじめ、250人のものが殺されてしまいました。つぎには、残りのものがまた2つに分かれてあらそいをはじめ、その半分のものが殺されてしまいました。そういうふうにして、だんだん人数がへって、とうとうしまいには、たったふたりきりになりました。
生き残ったふたりのどろぼうは、うまく宝物をはこび出して、村にほど近いやぶの中にかくしました。そして、ひとりが刀を持って宝物の番をしてすわっているあいだに、もうひとりが村へいって、米を手に入れ、ごはんをたいてくることになりました。けれども「欲は身をほろぼす」とは、よく言ったものです。
宝の番をしてすわっていたほうのどろぼうは、(あいつが帰ってくれば、この宝物を半分わけにしなければならない。いっそ、帰るところを待ちぶせて、刀で切ってしまおう。)と思ったものですから、刀をこしにさして、仲間の帰るのを待ちぶせていました。
いっぽう、もうひとりのどろぼうも、(あの宝を半分わけにしなければならないとは、ざんねんだ。いっそ、ごはんの中に毒を入れて、あいつに食わせて殺してしまおう。)と、思ったものですから、ごはんがたけると、じぶんだけ先にたべて、残りのぶんには毒を入れて、それを持って帰りました。けれど、このどろぼうがごはんをそこにおいたとたんに、待ちぶせていた仲間に刀で切られて、まっぷたつになりました。仲間のほうは死体をこっそりかくしてから、この男の持って帰ったごはんを食べて、その場で死んでしまいました。
1日、2日して、弟子のボーディサッタが身代金をもって帰ってくると、もとのところに先生の姿が見えず、宝がちらかっているのが見えました。そこで、(さては先生は私の言うことを聞かずに宝の雨をふらせたにちがいない。きっとみんな死んでしまったことだろう。)と、考えながら広い道を歩いていきました。すこしいくと、道ばたにバラモン僧がまっぷたつに切られていました。これを見て、(先生はわたしの言うことを聞かずに殺されてしまった。)と思いながら、木を集めてきて、先生のなきがらを火葬にして、森の花をつんでおそなえしました。またすこしいくと、500人のどろぼうどもが死んでいました。またすこあしいくと、べつの250人のどろぼうが死んでいました。そういうふうにして、だんだんたどっていきますと、ついにふたりのどろぼうが切りあって死んでいるのが見つかりました。そこで弟子のボーディサッタが、(死んだどろぼうの数は、1000人にふたり足りない。あとふたりいるはずだ。そのふたりは、どこへいったのだろう。)と、考えながら歩いていくと、ふたりが宝物を持ってやぶに入っていったあとが目につきました。その道をいくと、宝が包んだままつんであるのが見つかり、ごはんの鉢をひっくりかえして、ひとりのどろぼうが死んでいるのが見えました。そこでこのふたりのやったことが、すっかりわかったので、もうひとりはどこへいったのかとさがしてみると、目立たないところに死体がかくしてあるのが見つかりました。
そこで、弟子のボーディサッタはこう考えました。
(先生はわたしの言うことを聞かずに、意地をはったばっかりに、じぶんも殺されるし、おまけに1000人も殺されてしまった。やりかたをまちがえて、わが身のためをはかるものは、ひどい目にあうものだ。わたしの先生がいい見せしめだ。)
こうして、ボーディサッタはその宝をうまくじぶんの家に持って帰り、まずしい人々に施しをしたり、さまざまないいおこないをしましたので、人間の一生を終えたときには、また天上界へ生まれかわったということです。