王さまばんざい おしゃべりなたまごやき
著者:寺村輝夫
内容
1
さて、王さまの話をつづけましょう。
王さまは、チョコレートがすきでした。小ゆびのさきぐらいの、ころっところがるボールチョコが、大すきでした。
朝おきて、かおをあらうまえに1つぶ、べんきょうのまえに1つぶ、あそびのまえに1つぶ、トイレにいくまえに1つぶ。王さまはなんでもはじめるまえに1つぶ、チョコレートを食べるのです。チョコレートを食べないと、だめなのです。心ぱいして、大臣がいいました。
「王さま、そんなにチョコレートを食べては、からだをこわしますよ。」
王さまは、いうことをききません。
なにしろ、国じゅうで、1ばんいばっていて、わがままで、くいしんぼうなんですからね。
「やかましいぞ、大臣。ぼくにチョコレートをくれないと、ろうやへいれてしまうからな。そう思えっ。」
「は、はっ。」
なんだか、王さまのかおが、チョコレート色になってきたようです。チョコレート病ではないでしょうか。
お医者さんが、くすりをあげようとすると、
「いやだ。ぜったいにのまんぞ。むりにのませたら、ろうやにいれるぞ。」
これでは、しかたがありません。
「それでは、1日に、10つぶだけにしてください。10つぶいじょう食べたら、チョコレート病になります。くるしいですよ。いたいですよ。しんでしまいますよ。」
そうおどして、やっと王さまに、
「うん。」
と、いわせました。お医者さんと大臣は、かおを見あわせて、いいました。
「やれやれ。」
「やれやれ。」
2
1日10つぶのチョコレートなんて、すぐになくなってしまいます。
王さまのひるねの時間。
「さあて、チョコレートを食べて、ひるねするか―――。」
いいえ。ないのです。もう1つぶものこっていません。
「なに?ない。ぼくは、チョコレートを食べないと、ねむれないんだ。いいからもってこい。ぼくをだれだと思う。王さまだぞ。」
王さまがおこっていると、お医者さんがきました。そして、にやっとわらって、
「王さま、チョコレートがいいですか。それともちゅうしゃがいいですか。」
王さまは、ふとんをかぶって、ぐうぐう、うそのいびきをかきました。王さまってちゅうしゃが大きらい。
「もう、いいかな。」
王さまは、そっと、ふとんから、かおを出しました。
お医者さんは、もういません。
お医者さんさえいなければ、こっそりおきあがって、おしろのだいどころのとなりにある、ものおきにしのびこんで、大きなはこごと、チョコレートをもって……。
おやおや、王さまが、ふとんをめくって、立ちあがろうとすると、足もとに、小さなくろかばんがおいてあります。
「ふふん、お医者さんが、わすれていったな。きっと、くすりやちゅうしゃが、はいっているんだろ。えい、こんなもの、こわして、すててしまえ。」
王さまは、パチンと、かばんをあけました。と、中には、たった1つ、ちっぽけな紙のつつが、はいっているだけでした。どこかで見たことのある、つつのはこです。きれいなはこ、うまそうなにおい。字が、書いてあります。
チ・ョ・コ・レ・ー・ト。
「うわっ、ありがたい。」
王さまは、すぐに、ふたをとりました。
が、どうでしょう。中には、たった1つぶ、はいっているだけです。ふっても、たたいても、たった1つぶ。
「でも、ないより、いいや。」
王さまは、ぽんと、口の中に、チョコレートをほうりこみました。なんておいしいんでしょう。とろっととけて、ぱあーっと、口いっぱいに広がるあまさ。
3
王さまは、がっかりしました。せっかく見つけたチョコレートのはこです。それなのに、たった1つぶとは、なさけない。
「もう、あしたの朝まで、食べられないんだな。」
王さまは、かなしくなりました。そのうちに、はらがたってきました。
「だれだっ、1日10つぶなんてきめたのは。」
むしゃくしゃしてきて、手にもったチョコレートのはこを、まどからなげすてようとしました。
「えいっ、こんなもの。」
すると、はこの中で、ことり。音がしました。
「・・・・・・?」
ふってみると、また、ことり。あけてみると、ころり。
中から、チョコレートが出てきたではありませんか。1つぶ。
「しめたっ。」
よろこんで、ぱくり。
王さまは、考えてしまいました。
「おかしいな。さっきは、たしかに1つぶしかはいっていなかったのに…。」
はこを、のぞいてみました。からっぽです。ふってみました。音もしません。
「たしかにおかしい。」
王さまは、チョコレートのはこに、ふたをして、ぽんと、ほうりなげました。
ことり。
「や、やっ。」
ひろってみると、ことり。ふってみると、また、ことり。あけてみると、ころり。チョコレートが1つぶ出てきました。あわてて、ぱくり。たった1つぶきりです。
「ふしぎだ。」
そうです。ふしぎです。
チョコレートのはこは、ふたをすると、いつのまにか、1つぶはいっているのです。たった1つぶですがーーー。
王さまは、なんどもやってみました。なんどやっても、きっと1つぶずつ出てきます。
「おもしろいな。」
あんまりなんどもくりかえしたので、とうとう、食べられなくなってしまいました。
それでやっとやめました。
「このはこは、だれにも見せないぞ。ひみつだぞ。」
そのとき、王さまのばんごはんのラッパがなりました。
テレレッテ トロロット
プルルップ タッタァー
王さまは、大臣にいいました。
「チョコレートをあまり食べると、からだにわるいそうだな。ぼくは、やめたぞ。もう、チョコレートは食べない。えらいだろう。おっほん。」
チョコレートどころか、きょうは、ばんごはんも、あまり食べませんでしたよ。王さまはーーー。
4
さあ、いつでも、すきなだけ、チョコレートが食べられるのです。王さまはうれしくて、たのしくて・・・・・・。
「王さま。あれほどおすきなチョコレートを、すぐにやめてしまっては、かえってからだにわるいですよ。1日5つぶぐらいは、たべてください。」
お医者さんは、そうすすめました。でも、王さまはききません。
「いや、いいんだ。ほっておいてくれ。」
大臣も心ぱいして、いいました。
「おかしなこともあるもんですね。おねがいですから、ほんの3つぶぐらいは、食べてください。」
「やかましいな。ぼくに、チョコレートを食べさせようとすると、ろうやへいれるぞ。」
そして、だれもいなくなると、そっとはこをとりだして、ぱくり。ふたをしてから、また、ころり。
こんなゆかいなことって、あるでしょうか。
ーーーぼくは、いいものをもってるんだぞーーー。
だれかに、こっそり見せてやりたい。けれども、見せたらたいへんです。
大臣が、さっそく、とりあげてしまうでしょう。お医者さんが、さっそく、ちゅうしゃをうちにくるでしょう。
がまん。がまん。
でも、いくらでも出てくるチョコレートです。だれかに、こっそりあげたい。
そう。
王さまは、はこをもって、おしろのにわにいきました。
「おーい、さるくん、おいで。いいいものをあげるぞ。」
さるをよんで、チョコレートをあげました。さるならば、大臣にいいつけないでしょう。いぬにも、ねこにも、うまにもあげました。
小鳥にあげると、ちょんちょんつついて、よろこんでもっていきました。
しまいには、池の金魚にもあげました。が、これは食べたかどうか、わかりません。
「またあした、あげるぞ。」
王さまは、こうして、動物たちと、すっかりなかよくなりました。
王さまは、それから、おしろのそとにいくときも、こっそり「はこ」をもっていきました。子どもたちがあつまっていると、大臣や兵隊の見えないところで、1つぶずつ、チョコレートをあげました。
「王さま、ありがとう。」
「王さま、また、きてね。」
王さまは、町の子どもたちの人気ものになってしまいました。でも、いつも、こういうのをわすれません。
「大人には、だまっていろよ。もし、王さまがチョコレートをくれた、なんて、大人たちにいったら、もう、二どと、こないからね。」
こうして、長いあいだ、たちました。
今では、王さまは、いばりやでもなく、わがままでもなく、くいしんぼうでもなくなっていました。
けれども、ある日、たいへんなことが、おこりました。チョコレートが出ないのです。
「おかしいな。こらっ、出てこいっ。」
のぞくと、たしかに底についているのです。たった1つぶ。でも、ころっと出ないのです。ふっても、だめ。たたいても、だめ。ぶつけても、だめ。火にあぶっても、だめ。水につけても、だめ。
王さまは、とうとうはさみをもちだしてきました。はこを、きろうというのです。
「えいっ。いうことをきかないチョコレートめ。出なければ、出してみせるぞ。ぼくを、だれだと思う。王さまであるぞ。」
5
いや、そのはこの、かたいことかたいこと。
「えい、えい。」
王さまが、はさみをあてても、びくともしません。紙なのに、なんてかたいのでしょう。そのうえ、つるつるすべるのです。
「えいっ、きれろっ、きれろっ。」
いつのまにか、王さまのひたいから、大つぶのあせが、おちてきました。そう、ちょうど、チョコレートくらいの大きさだったでしょうか。
それでも、王さまはやめません。
とうとう、はさみではさんだまま、かなづちでたたいてしまいました。すると、かちいと火花がとびだして、王さまのすがたが、きえていました。どこにも見えないのです。あるものは、かなづちと、はさみと、チョコレートのはこだけ。
見えないはずです。王さまは、チョコレートのはこの中に、すいこまれていたのです。はこの中は、まっくらでした。いや、チョコレート色のあなぐらでした。よく見ると、ずっとむこうに、ミルク色のあかりが見えます。
「おーい。たすけてくれっ。」
王さまはそこにすわったまま、よびました。いくらよんでも、だれもきません。王さまは、しかたなく、歩いていきました。下は、チョコレートの、どろぬまです。なんどもすべって、ころびました。そのたびに、口の中に、チョコレートがはいってきます。べたべたべた。
「いやだっ。もう、チョコレートなんか、いらないよ。」
そうさけんだとき、かおに、とろっと、ミルクがかかりました。あついときに、プールにとびこんだような気もちでした。
「やれ、たすかった。」
と、思ったとき、目の前に、大きなチョコレートのかたまりがありました。口をきくのです。よく見たら、それは、かおでした。
「王さま、いくら出るからって、そうチョコレートを出されては、こまるね。」
「ここは、どこだ。」
「世界じゅうのチョコレートをつくっている、チョコレート工場さ。」
「ぼくを、ここから、出してくれ。」
「ただでは、出さないね。」
「なんでも、すきなものをあげよう。ぼくは王さまだ、王さまにできないことは、なにもない。宝石がいいのか。おかねがほしいのか。」
「チョコレート工場には、おかねだの、宝石は、いらないね。」
「なら、なにがほしいのだ。」
「じつは、もう、もらってある。王さまが、おしろにかえったら、びっくりすることが、1つあるはずだーーー。これは、王さまが、大臣や、お医者さんのいうことをきかずに、こっそりチョコレートを食べていた、バツだと思っていただこう。」
「なんだ、それは。おしえてくれ。おしえないと、ろうやにいれるぞっ。」
「あっははははは。わたしをろうやにいれたら、王さまは、ここから出られない。」
6
王さまは、もとの王さまのへやにいました。
あわてて、はさみとかなづちをしまいました。そこへ、大臣がやってきました。あおいかおをして、いきをはずませています。
「王さま、たいへんなことになりました。おしろの食べもののそうこから、トラック3だいぶんのチョコレートが、ぬすまれました。どうしましょう。今、どろぼうをつかまえようとして、兵隊を出したところです。すぐにつかまえて、ろうやにいれてしまいま・・・・・・。」
王さまは、そこまできいて、大臣のことばを、とめました。
「いらんことをするな、大臣。それは、どろぼうのしわざではないんだ。ぼくがわかっているから、かまわん。」
「では、王さまが、やったんですか。」
「ちがう。」
「なら、どうして、なくなったんです。」
「やかましい。すぐに、どろぼうさがしをやめないと、大臣を、ろうやにいれるぞ。」
「は、はい。」
王さまは、それから、大臣にいいつけました。
ーーーおしろの動物たちに、1日1こずつ、ビスケットをあげること。町の子どもたちに、1日1枚ずつチューインガムをあげること。王さまに、1日1つぶずつチョコレートをくれることーーー。
さて、
チョコレート工場は、王さまが、あのはこから出したぶんだけ、おしろのそうこから、チョコレートをもっていってしまったのです。
こんどは、ほんとうに、チョコレートを、たくさん食べられなくなってしまいました。1日1つぶだけ。
それにしても、トラック3だいぶんとは、すいぶん食べたものです。あきれました。