Actions speak louder than words.

行動は言葉よりも雄弁

【タルムード】父への愛は塩の味

内容

むかしむかし、ある国の王に、賢くて美しい3人の姫君がいた。王は自らの命のように姫君たちを大事に育て、慈しみ、たいそう甘やかしてもいた。

あるとき、王は、父である自分に対して姫君たちがどのくらい愛情をいだいているか、知りたいと思った。それでまず、上の姫君を呼んだ。

「わたしを、どれくらい愛しているかな?」

「この世界全ての大きさと同じくらいに」上の姫君は答えた。

王はその答えが気に入った。つぎに、中の姫君を呼んでたずねた。

「わたしをどれくらい愛しているかな?」

「大好きな砂糖と同じくらいに」中の姫君は答えた。

王はその答えも気に入った。それから末の姫君を呼んでたずねた。

「わたしを、どれくらい愛しているかな?」

「大事な塩と同じくらい大切に思っております」末の姫君はいった。

「塩だと?おまえは、わたしをまったく愛していないのか!」王は腹を立て、声を荒らげ、末の姫君を王宮から追いだしてしまえ、と大臣に命じた。

王妃は、王の怒りをなだめようとした。

「あの子はまだ幼くて、ものごとがよくわかっていないのです」

けれど、どんなになだめてもむだだった。王は王妃のことばにはまったく耳を貸さず、その夜のうちに末の姫君を王宮から追放しないと、お前の首もないものと思え、と大臣に重ねて命じた。

王を思いとどまらせることはできないと悟った王妃は、秘密の蔵に急ぎ、金や銀や宝石類をかき集め、食糧といっしょに布にくるんで、末の姫君にわたした。大臣は、町から遠くはなれた、うらさびしい野原に末の姫君をつれていった。そして末の姫君を置き去りにして、王宮に帰っていった。

満月の夜だったので、末の姫君は野原を歩いていった。明け方近くに、1本のナツメヤシの木のそばを通りかかった。木の根もとには、若い男が大きく口を開けて寝ころんでいる。

「もしや、あなたは魔人ですか?それとも人間ですか?」姫君はたずねた。

「人間だよ」男はめんどくさそうにいった。

「ここでなにをしているのです?」

「なまけてるのさ。働くのが嫌いなんだ。それで、このナツメヤシの木陰に寝そべって、鳥が熟れたナツメヤシの実をつついて落としてくれないかな、そしたら腹ぺこがおさまるだろう…って待ってるんだ」

男はがっしりした身体つきで、美しい顔立ちをしている。

「ずいぶんつまらないことを考えているのですね。さあ、起きて、私の荷物を持ってください。いっしょに参りましょう」と姫君はいった。

若者は嫌がったが、姫君が手をひき、足をひっぱったので、しぶしぶ起きあがって歩きだした。だいぶ歩いてから、2人はひと休みした。若者は、姫君が分けてくれた食べ物をたいらげると、少し元気になった。

歩き続けているうちに、とある町のはずれに着いた。見まわすと、美しい丘が見えた。あそこに家を建てて若者と住もう、と姫君は思った。あれこれ聞いて調べてみると、その丘はベドウィンの族長の土地だとわかった。族長は丘の近くにテントを張って、一族郎党で暮らしているという。姫君は族長を訪ね、丘と丘のまわりの畑地を買い入れた。それから、大工たちを雇い、小さな、だが父王の王宮によく似た館を建ててくれと頼んだ。

「館ができるまで、どのくらいかかりますか?」姫君は聞いた。

「半年はかかります」大工たちは答えた。

「では倍の額を支払いますので、なんとか半分の時間で仕上げていただけませんか」と姫君はいった。

大工たちは頼みを受け入れて、3か月で館をつくりあげた。館を作っているあいだ、姫君と若者は丘のふもとにテントを張って暮らした。

「さあ、起きて、工事の進み具合を見に行ってください。急がせてくださいよ」姫君は若者をせきたて、なまけるひまをあたえなかった。朝起きてもだらしなく倒れこむ若者を、押したり引いたりしているうちに、若者のなまけぐせは、少しずつだが直っていった。つぎに、姫君は騎兵を招いて、若者に乗馬を教えてやってくれと頼んだ。そうこうしているうちに、若者は男らしくなり、朝から日暮れまでごろごろ寝そべってすごしていた日々を思い出して苦笑いするほどになった。

館ができあがると、姫は家具職人に、父王の王宮にしつらえられているものとそっくりな家具調度を注文した。ベドウィンの族長に頼んで、館のまわりに、バラや丈の低い木をどっさり植えてもらった。

じゅうたんがしきつめられ、家具調度がおさまり、カーテンがかかると、姫君と若者はよろこんだ。

「ここで婚礼の祝宴をひらきましょう」

「姫君の望みは、すなわち、わが望み」若者はいった。

そしてその通りになった。

2人は結婚し、しあわせな日々をすごした。乗馬を覚えた若者は、毎日のように、犬をお供に馬に乗って狩りに出かけた。あるとき若者は、狩り場で見るからに高貴な人とその従者たちに出会い、何度か顔を合わすうちに、いつしか友情が結ばれていった。若者はしとめた獲物を持って館に帰り、親しくなった人たちについて姫君に話して聞かせた。その話から、夫が親しくなったのは父王や従者たちのことだとわかって、姫君は心をはずませた。

ある日、若者は狩りの最中に大怪我をした。王は、若い友の災難を見て駆けつけ、傷口をハンカチでしばった。王は手当しながら、この若者は勇敢だ、痛みに耐えることを知っている、と思った。そして心のなかでつぶやいた。

「軽率にも王宮から追いだしてしまった末娘は、どこにいるのだろう。見つかったら、この若者を花婿にえらぶだろうに…」

王は何度も捜索したけれども、ついに娘を見つけることができなかったときの胸がふさがる思いを、また味わった。

若者が館に帰ると、迎えにでてきた姫君は、傷口にまかれたハンカチのはしに王のしるしが刺繍されているのに気づいた。若者の傷が癒えると、姫君はいった。

「また狩りに出かけて、あの親切なご友人に、お礼の宴をもよおしたいので、わが家までおこしください、と誘ってください」

若者はそのとおりにした。王は招待を受けて、若者の館をおとずれることになった。

姫君は、父王の好きな料理をあれこれ用意した。しかも、どれもふた皿ずつ作った。ひと皿には塩を入れ、もうひと皿には塩を入れなかった。テーブルもふたつ。ひとつには適度に塩味のきいた料理の皿をならべ、もうひとつには塩抜きの料理の皿をならべた。すべての準備を終えると、姫君はついたてのうしろで、夫と客たちが入ってくるのを待った。

若者が王と従者たちを案内して帰ってくると、召使いたちが丁重に出迎え、王たちの手足を洗い清め、冷たい飲み物を運んできた。あたりを見まわした王と従者たちは、館のつくりから家具調度にいたるまで王宮そっくりなのに、おどろきあきれた。

ひと休みしたのち、王と従者たちは、料理がならぶテーブルに案内された。好物の料理がどっさりならんでいるので、王はよろこんだ。だが、ひと口食べて、がっかりした。もうひと口味わって、顔をしかめた。3口目で、憂鬱になった。その様子を見ていた若者が、なぜ浮かぬ顔をするのか、とたずねた。だが、王は伝えようとしなかった。

「楽しんでいただきたかったのに、なぜ、お気持ちが沈むのでしょう?わたしのどこがいけなかったのか、なにを気にされてそんなに表情が暗くなられたのか、お教えください」若者まで気落ちしてつぶやいた。

すると、王の目から涙がこぼれ落ちた。王は、自分が末娘にたいしてどんな愚かな仕打ちをしたかを悟った。その時からずっと後悔にさいなまれているが、いくら探しても末娘のゆくえは杳(よう)として知れず、もうこの胸に抱くことはできないのだ、と涙を流しながら語った。

「いま、こうして塩味のまったくない料理を口にすると、塩がどれほど大切なものかよくわかる。そして末娘の、わたしへの愛情がいかに大きかったかがわかって、あの子のいないことが、いっそうかなしくてつらいのだ」

若者は、王のいう「末娘」とは妻のことだと直感して、王にたずねた。

「お会いになれば、末の姫君だとわかりますか?」

「わからないわけは、あるまい」

そこで、若者はついたてに歩み寄って、払いのけた。ついたてのおくには、王の末の姫君がすわっていた。

王は末娘の姿を目にすると、駆け寄って抱きしめ、キスの雨を降らせた。悲しみの涙は喜びの涙にかわった。姫君もうれしくて父王にしがみつき、父王の胸に顔をうずめて動かなかった。

こうして再会の感激が一段落すると、今度は全員で、ほどよい塩味の料理がならんだテーブルについたのだった。

王は末の姫君と花婿を王宮に連れて帰り、あらためて、姫君の帰還と婚礼を国じゅうに知らせた。それからは、みな豊かにしあわせに暮らしたのだった。

 

塩がどれほど大切なものか

姫君は王宮を追いだされても、自分で考えてどんどん行動に移している。王妃に持たせてもらったものがあるとしても、それらと、自分の経験や自分の知恵を上手く使って、途中で出会った若者も自分の力にして、生きていく姿が良いなと思う。王宮で育ったのに人に頼らず(人に何でもやってもらうだけで自分はなにもしない)のとは違い、生きるためにどんどん行動していくことで、まわりがエネルギーをもらえるのだと思った。

だらだらして過ごす若者と根気強く向き合って少しずつ変えていく技や、気に入った土地に家を建てるために族長のことを調べたり、工事のペースをあげさせたり、王宮の建物や家具のデザインを覚えていて再現できたり、料理を作れたり、とこれまで見聞きして得たものを確実に自分の力に変えている。

最終的に王にも塩の大切さ(自分の主張を)わからせるために、家に招き、王自身に自分の愛情の大きさを気付かせるように準備をして、実行できていて賢いと思った。