内容
むかし、偉大にして賢いソロモン王は、神の助けを得て魔神の王アスモダイをつかまえ、びんにつめて海に捨てた。
それから、長い時がすぎた。
あるとき、貧しい男が海辺を通りかかった。男はお腹をすかせていて、なんでもいいから食べるものはないか、と海辺をうろついていた。と、海面にびんが1本プカプカ浮いているのが見えた。拾いあげると、ずっしり思い。男は、きっとなにかうまいものがつまっているにちがいない、とよろこんだ。
びんのふたをとると、なかからけむりがあがった。けむりはモクモクと盛大にあがり、しだいに人間のかたちをとりだした。貧しい男は、目のまえで、けむりが人間のかたちになっていくのが信じられず、ただただ仰天するばかりで、ことばもなかった。
「おはよう」けむりの主がいった。
「おはよう」貧しい男はつられて返事した。
「おれは魔人のアスモダイさまだ。なにか食いたい。腹がへってるんだ」
「おれだって、腹がぺこぺこだ。そうやって、おまえを食わせられるんだよ」
「だれに、おれさまをびんから出せといわれた?」魔人はいいかえした。
「おれは腹をすかせた貧乏人だ。びんのなかにうまいものが入っていると思ったんだよ」
「なあ、いいか」魔神はいった。「おれさまは、このびんのなかに、ソロモン王の時代から入っていたんだ。ちゃんと食わしてくれないと、おまえを食ってしまうぞ」
「なにがなんだかさっぱりわからんが、おまえに食わせるものなんかない」
「だったら裁判所で決着をつけよう!」魔神はきっぱりといった。
そこで2人は、裁判官に会いにいった。魔神のアスモダイは、男がびんをあけておきながら食べ物をくれない、と裁判官に申し立てた。裁判官が、魔神のいうとおりかきくと、貧しい男は「そのとおりです」といった。
「魔神をびんにもどすか、たとえ貧しくとも、魔神に食べものをあてがうか、どちらかをしなければいけない」と、裁判官は申しわたした。
貧しい男はとほうに暮れた。ほかの裁判官をたずねても、判決は同じだった。男は納得のいく判決を求めて、裁判官から裁判官へとめぐり歩き、魔神は男についていった。しかし、その裁判官も同じように命じた。
「魔神を養うべし」
7人目の裁判官を探しもとめて旅をしているとちゅう、貧しい男は魔神から逃げ出しあ。だが、すぐに追いつかれて襲われそうになった。
そこへ、ひょっこりキツネがあらわれた。魔神はキツネにも飛びかかろうとした。
キツネはあわてて木に飛びついて枝にのぼり、魔神に聞いた。
「なぜ、この男を追ってるんだ?」
そこで、魔神のアスモダイは、それまでのことを語った。
「魔神のいうとおりかい?」キツネは男に聞いた。
「そのとおりだ」男はいった。
「へん、2人とも嘘をついているね!」キツネは高らかにいった。「けむりが人間になるなんて、そんなこと、ありえん話じゃないか」それから、魔神のほうをむいていった。「ほんとにけむりになったら信じてもいけどね」
魔神のアスモダイは、たちまち、けむりになった。
「びんに入ってみてくれ!」キツネが命じた。
けむりになった魔神は、びんに入った。
「ほら、入っただろう!」魔神はびんから首だけだして怒鳴った。
「入ってないよ。まだ、頭が外に出てるじゃないか」キツネは文句をいった。
魔神がびんのなかに頭をひっこめると、キツネは、「ふたをしろ」と男に命じた。
「びんを捨てろ!急いで、海の底深くに!」
男はびんを海に投げこんだ。
キツネは、今度は、男にむかって聞いた。
「なぜ、びんのふたをとった?」
「腹がぺこぺこで、なにか食いものが入っていると思ったんだ」
「おれについてくれば、金持ちにしてやろう。だけど、ひとつだ約束してくれなくちゃいけない。おれが先に死んだら、りっぱな葬式をして、りっぱな墓を建ててくれ。あんたが先に死んだら、おれも同じようにしてやるから」
だが、このキツネも魔神だった。だいたい、ふつうのキツネが人間のことばをしゃべるなんてことがあるだろうか。
貧しい男は、キツネが死んだらりっぱな葬式をしてりっぱな墓を建てる、と誓った。キツネと男は、美しい大きな町にやってきた。町には、金と大理石でできた壮麗な城があった。
「この城は、ある魔神のものだ。妻にと望んだ王女が城をほしがったので、魔神がつくって贈ったんだよ。おれがその魔神を殺すから、そしたらあんたはこの城に入り、花婿の衣装を着て王女と結婚する、っていう寸法さ」
そして、そのとおりになった。貧しい男は王女を妻にした。キツネは、彼らのもとにとどまった。
キツネは、世の人々の目にはふつのキツネにしか見えなかったが、貧しかった男と妻の目には、人間の従者に見えるのだった。妻が、そのことに気づいてたずねた。
「どういうことなのです?あの従者はキツネになることもあるようですが・・・」
男は、これまでにあったことをすべて妻に話した。
「だったら、キツネとの誓いを破らないでくださいね」と妻はいった。
あるとき、男が誓いを守るかためそうと、キツネは死んだふりをした。
「キツネが死にました」という知らせが、男のもとにとどいた。
「犬にくれてやれ!」男は命令した。
運び出される瞬間、キツネはむっくりと起きあがって、男にいった。
「おまえはなんというやつだ!おまえのために、あれこれしてやったというのに、誓いを破ったな?恩知らずめが!」
男はゆるしを乞い、キツネが死んだらかならずりっぱな葬式をしてりっぱな墓を建てる、ともう一度誓った。
しばらくして、キツネはふたたび男をためそうとして、死んだふりをした。
すると、男はいった。
「犬どもにくれてやれ!」
キツネは立ちあがって、男を怒鳴りつけた。
「おまえってやつは、誓いとか約束のもつ意味がわかっとらんのか!」
男はまたもゆるしを乞い、もう二度と恩知らずなことはしない、と誓った。
それからしばらくして、キツネは死んだ。今度は、ほんとうだった!
男はまたも命じた。
「犬どもに食わせてやれ!」
キツネは犬の群れに投げ捨てられた。だが、それですべて終わり、というわけではなかった。ある日、キツネの跡継ぎの魔神たちがやってきて、妻を父王のもとにもどすと、男を城からたたきだし、無一文のまま、通りに放りだしたのだった。
こんなに何度も約束を破る人は全く信用できないな。それでもチャンスを与えるのは心が大きいな。