話に出てくる、ボーディサッタとは「のちに仏陀になるはずの人」という意味で、お釈迦様の前の世の姿のこと。
内容
むかしむかし、ブラフマダッタ王が、ベレナスの都で国をおさめていたころのことです。ボーディサッタが金持ちの商人のむすこに生まれてきました。そして父親が死ぬと、その家をついで、やしきの中に埋めてあった何千万というお金をはじめ、たくさんの財産の持ち主になりました。けれどボーディサッタは、いつも貧しい人々にたべものやお金をほどこすことを忘れず、よいおこないをつんで、一生を終え、死んでからインドラという神さまに生まれかわりました。
ボーディサッタが死んだあと、そのひとりむすこが家をつぎました。そのむすこは往来のじゃまになるところに小屋がけをして、そこにおおぜいの人を集めて、酒もりをはじめました。そして、たくさんのお金をつかって、芸人たちをよび集め、歌や踊りや軽業などを見物しながら、悪い友だちとお酒を飲んだり、たべたり遊んだり、「おまえは歌え。」「おまえはおどれ。」「おまえは楽器をならせ。」というお祭りさわぎで、なまけほうだいの生活にふけりました。ですから、いくらもたたないうちに、何千万というお金も、ほかの財産や道具もみな使いはたして、ぼろを着て歩かなければならないような、みじめな貧乏人になってしまいました。インドラの神さまに生まれかわった父親は、天上から、むすこの貧しいありさまを見て、かわいそうでたまらなくなりました。それで、むすこのところへいって、なんでも望みがかなうという魔法のつぼをさずけてやり、「むすこよ。このつぼをこわさないように気をつけるがいい。このつぼがあるかぎり、お金に不自由することはないのだ。くれぐれも、これをだいじにするのだよ。」と、言いきかせて、天へ帰っていきました。
それからというもの、むすこは何もせずに、魔法のつぼの力をかりて、お酒ばかり飲んでいました。ある日のこと、いつものように飲んだくれて、つぼを宙にほうりあげては受けとめて遊んでいるうちに、つい手もとがくるって、あっというまにつぼは地面におちて、こなみじんにくだけてしまいました。
それで、むすこはまたもとどおり貧乏になって、ぼろをまとい、おわんを手にして、たべものを乞いあるく身の上となり、とうとうよそのうちの塀にもたれたまま、のたれ死にをしたということです。
そりゃあ何もせずただ怠けたまま過ごしていたらそうなるよね。特に知恵を使ったり、おもしろい考え方が出てくるわけではない話だった。
なぜこの男の父親は魔法のつぼを与えたのだろう?
他の話ではボーディサッタは良い行いをするし、人に教えることもできるのに、ここではこのむすこにうまく教えられていないと感じた。
だれでもボーディサッタに教わったからといって、その後うまくいくわけてはない、という話なのかな。