話に出てくる、ボーディサッタとは「のちに仏陀になるはずの人」という意味で、お釈迦様の前の世の姿のこと。
内容
むかしむかし、ブラフマダッタ王が、べレナスの都で国をおさめていたころのことです。ボーディサッタが前の世にしたおこないのむくいで、イヌに生まれかわり、なん百ぴきというイヌをしたがえて、大きな墓場に住んでいました。
ある日のこと、王さまは、白馬にひかせたすばらしい馬車にのって、別荘に遊びにでかけ、1日じゅう、そこでおもしろく遊んで、日が暮れてから町へかえってきました。そして、馬具を馬車につけたまま、御殿の庭においておきました。すると、夜中に雨がふって馬具がぬれました。そのうえ、御殿から飼いイヌがおりてきて、馬車の皮具や皮ひもをかじってしまいました。
あくる日、人々は王さまに、
「王さま、下水の口からイヌどもがもぐりこんできて、お馬車の皮具やひもをかじってしまいました。」と申しあげました。
王さまはたいそうイヌに腹をたてて、
「見つけしだい、イヌどもは残らず殺してしまえ。」と、言いました。
そこで、大じかけなイヌ殺しがはじまりました。イヌたちは、見つかりしだい殺されるので、墓場へ逃げていき、イヌのかしらのところにやってきました。
「おまえたちが、こんなに大ぜい集まってきたのはどういうわけか?」と、かしらはききました。
「御殿の庭で、馬車の皮具や皮ひもがイヌにかじられたというので、王さまが腹をたてられ、イヌを殺せと命令されたのです。イヌはどしどし殺されております。たいへんおそろしいことになりました。」と、イヌたちは口々に言いました。
イヌのかしらは考えました。(あんなに厳重な見張りのいる御殿の中に、そとからイヌなどがはいりこめるはずがない。そんなことをしたのは、御殿の中の飼いイヌにちがいない。いま悪いことをしたものがとがめられず、罪のないものがどしどし殺されている。ひとつわたしが、だれのしわざか王さまに申しあげて、仲間の命を救ってやろう。)
そこで、イヌのかしらは仲間をなぐさめて言いました。
「心配することはない。わたしがおまえたちを助けてあげる。わたしが王さまにお目にかかってくるまで、ここで待っていなさい。」
そこで、イヌのかしらになったボーディサッタは、じぶんは今までもりっぱなおこないをしてきたのだから、こんどもみんなの難儀を助けてやろうと思いました。そして、(棒や石を投げつけられずにすむように。)と、念じて、たったひとりで、町の中へはいっていきました。そのおかげで、イヌのかしらの姿を見ても、おこった顔つきをするものはひとりもありませんでした。
いっぽう王さまは、イヌをみな殺しにしてしまえという命令をくだしてから、人々の訴えをきく裁きの座についていました。そこへイヌの姿をしたボーディサッタが、まっしぐらにとんでいって、王座の下にもぐりこみました。王さまのおつきの人たちはこのイヌを追いだそうとしましたが、王さまはそれをとめました。イヌのかしらは、すこし元気をだして、王座の下からはいだすと、王さまにおじぎをして言いました。
「イヌを殺せとおっしゃるのは、あなたですか?」
「そうだ、わしじゃ。」
「王さま、イヌたちはどんな罪をおかしたというのです?」
「イヌどもは、わしの馬車についている皮具か皮ひもをかじったのじゃ。」
「だれがかじったのか、あなたはごぞんじですか?」
「いや、知らん。」
「陛下、もしあなたがほんとうにだれがかじったのかごぞんじないのなら、見つけしだいイヌを殺せと命令なさるのは、よろしくないと思います。」
「だが、イヌがわしの馬車の皮具をかじってしまったから、見つけしだいイヌはみんな殺せと命じたのじゃ。」
「あなたのけらいは、どんなイヌもみな、殺しているのですか?それとも殺さないイヌもあるのですか?」
「それは殺さないイヌもあるーーーわしの御殿にいる飼いイヌだけは殺さないのだ。」
「陛下、あなたはたったいま、イヌが馬車の皮具をたべたのだから、見つけしだい1ぴきのこらず殺せと命令した、とおっしゃりながら、こんどは、ごじぶんの御殿にいる飼いイヌだけは殺さないとおっしゃる。それでは、あなたはじぶんのお気もちのためにむりを通されることになりはしますまいか。それはまちがっております。王たるお方にふさわしくありません。王者が人々の訴えを裁こうとするときには、はかりのさおのように、どちらにもかたよらないものでなければなりません。いまのばあい、王さまの飼いイヌは殺されないで、無力なイヌだけが殺されているのです。これでは、イヌのみな殺しでなく、ただ弱いイヌだけをいじめ殺しているわけです。」
それから、イヌの姿のボーディサッタは、ひびきのよい声を一だんとはりあげて、
「陛下、あなたのなさっていることは正義にかなってはおりません。」と言い、つぎのような文句で王さまに真理を教えましたーーー
御殿そだちの上品な
りっぱなイヌは別あつかい
われわればかりを殺せとは
道にはずれた裁きかた
弱いものいじめの片手おち
王さまは、それをききおわると、言いました。
「では、おまえはかしこいから、じっさいにわしの馬車の皮具をかじったものを、知っているというのか?」
「はい、ぞんじております。」
「では、だれだ?」
「王さまの御殿に住む飼いイヌどもでございます。」
「どうして皮具をかじったのが、あのイヌたちだということがわかるか?」
「わたくしが、その証拠をお目にかけましょう。」
「かしこいものよ、どうかそうして見せてくれ。」
「それでは、あなたのイヌをここへよんでください。それからバターミルクをすこしと、ダッバという草を持ってきてください。」
王さまは、そのとおりにしました。
すると、イヌの姿をした偉大なボーディサッタは言いました。
「この草をすりつぶして、バターミルクとまぜて、それをイヌに飲ませてください。」
そこで王さまはそうしました。どのイヌもみな、それを飲むと、皮のきれっぱしといっしょに吐き出しました。
「これはなんと!まるですべてをごぞんじの仏陀のおことばのようではないか。」
と、王さまはよろこびのあまり、王さまのしるしの白い傘をイヌのかしらにささげて、心からの尊敬をあらわしました。そこでイヌのかしらは、王さまに5つのいましめをさずけ、それをかたく守っていくようにすすめてから、王さまのしるしの白い傘を王さまにかえしました。
イヌの姿をした偉大なボーディサッタの話をききおわると、王さまはすべての生きものをくるしめてはならなぬという命令を出しました。また、イヌのかしらのボーディサッタをはじめ、すべてのイヌに、これからは、王さまがふだんたべているようなたべものをいつもやるようにと命じました。そして、王さまはボーディサッタの教えを良く守って、一生、慈善をほどこしましたから、死んでから、神々の世界に生まれかわることができました。
根拠をもって説得する
主張したいことがあるときは、下準備をして、根拠をそろえてから自分の意見を主張するべきであるということか。
理不尽だと思うことを、きちんと説明して、自分のしたいことを通すために理論的に説明する。これができるようになりたい。