Actions speak louder than words.

行動は言葉よりも雄弁

【日本の昔話】ベロ出しチョンマ

内容

時は江戸時代、その年、千葉の花和村一帯は日照りが続き、大凶作となった。

花和村の村人(百姓)たちは、花和村の名主、藤五郎の家に毎晩集まり、この先どうするか話し合う。逃散、打ちこわし、強訴・・・と案は出るのだが、なかなかまとまらない。

一方、長松(チョンマ)は、藤五郎の息子で12歳。3歳の妹ウメの面倒を見るのにおわれていた。
ウメの手はしもやけにかかっていて、朝起きたときと夜寝るときは、必ず泣く。この手をくるんでいる布を取り、手に油薬を塗ってやるのは、面倒を見ている長松の仕事だ。しかし、ウミでべっとりとくっついている布を取るのだから、痛いに決まっている。

「痛いよ~、痛いよ~。」と痛みを訴える。

しかし、長松は、とっておきの作戦を考え出した。いつも「マヌケ面」とバカにされていた顔をウメにしてみせ、笑っている間に布をはがすのだ。

その顔といったら、まゆげが「ハ」の字に下がって、ベロッと舌を出すという、
まさに「ベロ出しチョンマ」という顔だった。さすがに、痛みで少しは涙を浮かべたが、この顔を見て笑い出さないわけがない。長松の考え出したこの作戦は成功した。

この日も、大人たちは、年貢の相談に集まっていた。

その時、長松の友達、そでがやってくる。そでが、

「あれ、ウメちゃん、寝てるのか?」

と言ったので、長松はウメが寝ていることに気づき、ウメに布をかけてやった。
そでの父も相談に来ていて、

「父ちゃんが居ないと眠れない。心配で心配でいつまでも寝られない。」

と相談に来たのだった。長松は、

「そんな事を言ってはだめだよ。おそでちゃん。
今、大変な相談をしているんだから。ほら、聴いてみな。」

と言う。2人は、大人たちの相談を聞くことにした。

「逃散だ。それしかねえ。」

「村を出る前に、みんな捕まって、牢屋にぶち込まれてしまう。それに、米が作れなきゃ、百姓は生きていけるもんじゃねえ。」

「そんならいっそ、打ちこわしでもやっか!」

「そんな事をしたら、村人みーんな、打ち首だ。生まれたばかりの赤ん坊まで、殺されちまう。」

「殿様に強訴したってだめだろうし・・・。もう、考えが浮かばねえ。」

・・・こんな調子で続いていた村人たちの話し合いを見守っていた藤五郎は、話し始めた。

「村の衆、さっきも言ったとおりだ。いつまでもまとまらない相談をしても仕方がねえ。今夜はこれで帰ってくだされ。この藤五郎にしばらく考えさせてくだされ。」

「分かりました。名主様、どうかいい考えを出してください。」

この言葉を聞くと、村人たちは帰っていった。そでも、話し合いをしていた父と共に帰っていった。だが、何を思ったか、1人だけ帰らない村人がいた。

「名主様、覚悟を決めなすったな。」

「おら、考えた。村人達の意見が一つにまとまれば、どんな事をしてもええ。だが、犠牲者も多くなる。」

「行きなさるか。江戸へ。将軍様に直訴なさるか。」

「これは仕方のないことだ。村の名主というのは、こういう時にこそ働かなくてはならぬ。殿様のやり方を変えてもらうには、将軍様にお願いするほかねえ。何も今発つわけじゃねえから、どうか今夜は帰ってくだされ。」

「分かりました。どうか、お体を大切に。」

村人は帰っていった。

藤五郎は意を決し、妻のふじに、声をかけた。

「ふじ、支度だ。すぐに江戸へ発つ。無事に江戸に着いても、おらの言い分が将軍様に届くまでには、何日かかるかからねえ。一時も惜しい。」

ふじは、黙って旅笠を渡した。藤五郎は、その場にいた長松を呼び、伝えた。

「長松、母ちゃんの言うことを良く聞いて、ウメの面倒を見ろよ。明日っから、父ちゃんのいねえ事、誰にも言うんじゃねえ。わかったな。」

長松も、父の言ったことを、きちんと受け止め、うなずいた。藤五郎は、それを見て、江戸へ旅立っていった。それからというもの、ふじと長松は、藤五郎のことが心配で、夜も眠れぬ日々が続いた。

ある晩、「ドンドン」と戸をたたく音がしたかと思うと、役人が長松、ウメ、ふじの周りを取り囲んだ。

「名主、木本藤五郎、妻ふじ、そのほう、夫藤五郎が、恐れ多くも江戸将軍家へ直訴に及ぶため、江戸に出たことを存じおろう。」

役人の1人が、大声を発した。ウメは、恐怖のあまり泣き出してしまった。

「母ちゃん、父ちゃんは無事、江戸に着いたんだな?将軍様に、会ったんだな?」

長松は、自分の母に聞いた。

「こら、こわっぱ、黙れ!」

もう1人の役人が、長松を、棒で押さえた。ふじは、冷静に答えた。

「はい。知ってました。覚悟はしてますだ。ご存分に。」

役人に肩を6尺棒で突かれた母ちゃんは肩が震えていたが、声は震えていなかったことを長松は気に入った。最初の役人が怒鳴った。

「直訴は天下の御法度、世間を騒がす大罪人。」

3人目の役人が、

「歩け!」

と命じた。

こうして、藤五郎一族は、役人に捕まってしまった。罪を犯した藤五郎一族は、捕まってから少し経った日に、「磔の刑」に処されることとなった。この事は、花和村の全ての住民に知れ渡った。

「名主様が捕まったぞ!」

「藤五郎様が捕まったぞ!」

「おふじさんも捕まった。」

「チョンマも捕まった。」

「ウメちゃんもだ。」

「みんな馬に乗せられていく。わしらのために、わしらのために、命をかけて!」

処刑場では、住民達が、口々に、藤五郎一族の名を叫んだ。そでも来ていた。

藤五郎一族は、白い服を着せられ、手足を十字の柱に縛り付けられていた。目の前には、やりを持った役人が大勢いる。磔台に縛られた父ちゃんは長松にニコッと笑った。とても優しい目だった。

「チョンマー!」

「名主様ー!」

「おふじさーん!」

「ウメちゃーん!」

村人達は口々に叫んだ。

役人が、槍を持って、

「黙れ、黙れ!」

と怒鳴りながら、あたりを走り回った。

「はじめえ!」

1番偉い役人が、部下に命じた。それを聞いて、役人達が、自分の割り当ての磔柱に近づき、構えた。

「ヒー、おっかねえー!」

ウメが叫んだ。

「ウメー、おっかなくねえぞ。見ろー、あんちゃんのつらー!」

長松は、必死でウメを恐怖から救おうとする。

「あ、あんちゃんの顔、あんちゃんの顔、おもしろい。」

ウメは、笑顔を浮かべた。

「やめてくれー!!!」

村人の止める声や、念仏があたりに響き渡った。

「ヤアー!!!」

役人がいっせいに、4人の体に槍を突き刺した。

「チョンマー!」

そでが叫び、泣き崩れた。藤五郎たちは、こうして亡くなった。

 

チョンマたちが殺された刑場の跡には、小さな社が建った。役人がいくら壊しても、いつかまた建っていた。

千葉の花和村では、チョンマが、死ぬ直前に、妹ウメを苦しみから救おうとして、その顔のままで亡くなったという、チョンマのあのお得意の顔が、例の社に残っている。

 

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