内容
砂漠の遊牧民ベドウィンのある男は、羊を1匹だけもっていた。ベドウィンの男はその羊を大事に世話し、家族のように慈しんで、昼であろうと夜であろうと、そばを離れなかった。そして、羊の毛から作った布まとい、羊の乳を飲んで暮らしていた。羊を盗みとろうとたくらむ者もいたが、成功する事はなかった。というのも、男は、ほんの一瞬たりとも、羊から目をはなさなかったからだ。
あるとき、<熱さ>と<寒さ>と<死神>が集まって、だれがベドウィンの男から羊をとりあげられるか、競い合うことになった。
まず、<熱さ>が男を訪ねてきた。
「なあ、羊をおくれ。いやだというなら、お前は熱を出して死ぬことになる」
後は<熱さ>に言った。
「たとえ高熱にうなされようと、羊は渡わたさない」
まもなく、男は高熱に襲われた。そこでどうしたかというと、急いで川に走っていって、水につかった。それから、大きな布を川につけてゆるめにしぼり、その布を頭にまいた。1日たつと、熱はひいた。
その2日後、今度は<寒さ>が訪ねてきていった。
「羊をよこせ。さもないと、寒波を送りこむぞ。そしたら、お前はブルブルふるえて死んでしまうぞ」
ベドウィンの男は<寒さ>にいった。
「たとえ大寒波に襲われようと、羊はわたさない」
まもなく、寒波が男を襲った。さて、男はどうしてだろう?
ベドウィンの男は、自分のテントの中に小枝を運びこんでたき火を小さくたき、アバーヤ(頭から足先までとどく黒いローブ)にくるまって、たき火にあたりながら羊を抱いてすごした。そして、大事な羊を愛おしげに見つめ、ぜったいにお前を手放したりしないからな、と心の中でつぶやいた。こうしてベドウィンの男は、<熱さ>と<寒さ>に勝った!
次の日、死神がベドウィンの男のテントにやってきた。
「羊をよこすんだ!いやなら、おまえの魂をさらっていく。俺は死神だから、俺からは逃げられん」
ベドウィン男は恐れおののいた。今度ばかりは、羊と別れるのもやむをえないとあきらめて、しぶしぶ死神に羊を出した。
死神は羊を連れて、テントをあとにした。帰り道で<熱さ>と<寒さ>にあったので、死神は勝利を宣言した。
「勝ったぞ!ほら、羊はおれのものだ、ベドウィンの男から取り上げてやった」
いっぽう、大事な羊を死神にわたしたベドウィンの男は、子どものように泣きじゃくった。そして、テントに一人ぼっちでいるのは嫌だと泣きながら死神を追いかけていった。
<熱さ>と<寒さ>と死神が、足音を聞きつけてふりかえった。羊のもとの持ち主のベドウィンの男が追ってきている。3人は、いっせいに口を開 ひらいた。
「なぜ、追ってくる?」
「羊をとりあげられたが、羊を追いかけるなとはいわれていない」と男はきっぱり言った。
4人は歩いているうちに洞穴に着いた。<熱さ>と<寒さ>と死神がなかに入り、男もつづいて入っていった。ベドウィンの男はそこで、いったい、何を目にしただろう?
洞穴には、大小さまざまなびんや壺が、ところせましとならんでいた。いくつかは首までたっぷり油が入っていたが、いくつかは空っぽだった。いくつかのびんには、ほんのわずかな油しか入っていなかった。男は呆然とびんや壺をながめた。それから勇気を出して、死神のそばにいって聞いた。
「このびんや壺はなんですか?」
「この世の人間はみな、それぞれ、油が満たされたびんや壺をもって生まれてくる。びんや壺の油がへってなくなると、それがすなわち、その人間の寿命がつき、この世をあとにするときが来たというしるしになる」と、死神が説明した。
「それで、俺のびんはどこですか?」男はつづけて聞いた。
死神は、洞穴の片すみにあるびんを指した。男が見るかぎり、びんには油がまだ十分に残っている。男は死神に聞いた。
「あのびんの油の量からいうと、おれの命は何年ぐらい残ってるんですか?」
「だいたい30年というところだ」死神がいった。
いきなり、男は死神の手から羊を奪いとると、洞穴を飛びだした。走りながら、男らわめいた。
「羊は返さんぞ!まだ、俺は死なない。寿命は、まだある。びんの油はまだ残っているからな!おまえなんかにだまされるもんか!」
こうして、ベドウィンの男は羊をつれて、自分のテントにもどったのだった。
びんの油の量であと何年生きられるか知ってしまうのは嫌だな。
寿命を知ることで、ここで無理をしても今はしないと判断できての行動だということだろうなと思った。賢い聞き方だとは思うけど、未来がこうなるとわかっていて行動を決めるのはなんだかなと思う。