内容
ラクダに乗った旅人が、たった1人で砂漠を旅していた。
旅人は疲れきり、その上、飢えと渇きに苦しめられていた。背負っていた食べ物はすでにつき、革袋の水もとっくになくなっていた。
砂漠は果てしなく、木の陰ひとつ見当たらない。
と、遠くに木が1本、旅人の目にうつった。がっしりした幹で、枝はまるで旅人を手招きするように四方にのびている。旅人は、ラクダをその木のほうにむけた。
それは、砂漠に生えたナツメヤシの木だった。ナツメヤシは泉のそばに高くそびえていた。旅人は、泉の水を心ゆくまで飲み、革袋いっぱいに満たした。それから木にのぼって、ナツメヤシの実をひと房もいだ。赤茶色にやわらかく熟れた、汁気たっぷりの実をひと粒口にふくむと、蜂蜜のような甘さが広がった。旅人は、ナツメヤシの実をいくつかほおばった。飢えていたことが思い出せないほど、身体じゅうに新しい力がみなぎった。
旅人は、木陰でひと休みした。しばらくしてから、また旅を続けようと立ちあがり、ナツメヤシの木を見あげた。
ーナツメヤシよ。なんといって、おまえを祝福しようか。
美しい木であれと?いや、おまえは十分に美しい。
おまえの木陰がゆったりと心地よいものであれと?いや、すでに、お前の木陰ほど、心地よいものはない。
それでは、おまえの実が甘くなるようにと祈ろうか?いやいや、もうすでに、おまえのつける実は蜂蜜よりも甘く、身体じゅうに新しい力をゆきわたらせてくれる。
ああ、なんといって、おまえを祝福したらいいだろう。旅人は、ナツメヤシの幹にに手をおいた。
ーどうかおまえからでる若木がみな、おまえみたいに育つように!
そう感謝し祝福すると、旅人はラクダにまたがり、さわやかな気分で、機嫌よく旅をつづけた。
長い年月がすぎた。
ある日、砂漠を隊商が通りかかった。旅人たちは疲れはて、飢えきっていた。
「いったい、この砂漠には終わりがあるのだろうか?」と、だれかがつぶやいた。
1人の老人が頭をあげ、あたりを見まわした。
「もう少しだ、みなの衆。あと少しで、ナツメヤシの木陰にたどり着く。着けば、泉の水が飲めるし、うまいナツメヤシの実を口にできる」
「どうして、そんなことがわかるんです?」
「わしにはわかっている」老人はそれ以上、語ろうとしなかった。
そして老人が言った通り、まもなく遠くのほうに緑の点が見えてきた。
「ほうら、あの木だ!」老人が、うれしそうに声をあげた。
隊商は、緑の点に向かって急いだ。おどろいたことに、緑の点に見えていたのは、ナツメヤシのこんもりした林だった。
旅人たちは、ナツメヤシの木にラクダを繋ぎ、泉の水をたっぷりと飲んだ。そして、赤茶色の柔らかな汁気たっぷりのナツメヤシの実をもいだ。口に含むと、蜂蜜の青青黒青さが広がっていった。旅人たちは実を次々にほおばった。
飢えはいつの間にか消え去り、新しい力がわいてくるようだった。
「ふしぎだ」老人は供の者にささやいた。「ずっとまえ、まだわしが若かったころに、ここを通ったのだ。あのとき、ここにはナツメヤシの木は1本しか生えていなかった。それがどうだろう…」
そのとき、老人の胸に、ことばがこだましてきた。
ーなんといって、おまえを祝福したらいいだろう。おまえからでる若木がみな、おまえみたいに育つように…。
老人の顔に笑みがよぎった。
「なるほど、わしの祝福までが実ったというわけか…」と、老人はつぶやいた。