話に出てくる、ボーディサッタとは「のちに仏陀になるはずの人」という意味で、お釈迦様の前の世の姿のこと。
内容
コーサラという国にある、このナラカパーナ(アシ飲み)の村のあたりは、むかしは深い森であったといわれています。その森のハスの池のなかに、水に住む人食い鬼がいて、この池にはいってくるものを、つぎつぎに食べていました。ちょうどそのころ、ボーディサッタがサルの王さまになって、この世に生まれてきました。からだは赤シカの子ほども大きく、8万匹のサルにかしずかれ、この仲間のめんどうを見ながら、その森に住んでいました。いつもこの王さまザルは、サルたちに言うのでした。
「いいか、この森のなかには、毒のある木や、鬼の出るハス池がある。だからおまえたちは、いままでたべたことのない木の実をたべようとするときや、いままで飲んだことのない水を飲もうとするときには、かならず、まず私に聞いてからにしなさい。」
「はい、きっと、そういたします。」とサルたちは答えるのでした。
ある日、サルたちは、いままでいったことのないところへいきました。いく日もいく日も歩きまわったあとで、飲み水を探していますと、ハス池が見つかりました。けれどサルたちは、すぐには水を飲まず、そこに腰をおろして、王さまザルのくるのを待っていました。
やがて王さまザルがやってきて言いました。
「おまえたち、なぜ水を飲まないのだね?」
「わたくしどもは、あなたさまのおいでをお待ちしておりました。」
「それはよかった。」と、王さまザルは言って、ハス池をぐるりとまわって、あたりの足あとをしらべてみました。すると岸のほうへおりていった足あとはたくさんありますが、もどった足あとは1つもありません。
(たしかにこれは鬼のすみかにちがいない。)と王さまザルは考えて、手下のサルたちに、
「おまえたちは、この水を飲まなくてよかった。このハス池こそは、鬼のすみかなのだ。」と、言いました。
水に住む人食い鬼は、サルがおりてきそうもないのを見て、腹の青い、顔の白い、まっかな手足のおそろしい化け物に化けました。そして水をかきわけて顔を出すと、
「おまえたちは、そうしてこんなところに、すわっているのだ?おりてきて、池の水を飲めばいいのに。」と、言いました。
けれども王さまザルは言いました。
「おまえはここに住んでいる人食い鬼ではないか?」
「そうだ。」
「おまえは、このハス池にはいっていくものを、みんなつかまえるのだろう?」
「そうだ。つかまえるとも。鳥1羽でさえ、いったんつかまえたら逃がすものか。おまえたちの仲間も、全部たべてしまうつもりだ。」
「いや、われわれは、おまえなんかにたべられはしない。」
「だが、水を飲むだろう?」
「水は飲む。だが、おまえなんかにつかまりはしない。」
「それでは、いったい、どうやって飲むつもりかね?」
「ああ、おまえは、水を飲むには、ハス池の中にはいらなければならないと思っているのだろう。ところが、われわれは水の中になんか、はいりはしない。8万匹のわれわれの仲間は、めいめいアシを1本ずつ手にして、そのアシでお前の池の水を飲むのだ。ちょうど、ハスの茎の穴をとおして、水を吸うように。だからおまえはわれわれを決してたべることはできないだろう。」
そう言いおわると、王さまザルは1本のアシを持ってこさせました。そして、じぶんは今までもりっぱなおこないをしてきたのだから、こんども、まちがいがあるはずはないと思いました。そして、アシの茎をプウッと吹きました。すると、たちまち茎の中ががらんどうになって、ふしなど1つもなくなりました。王さまザルはこうして、つぎからつぎへアシを持ってこさせては、吹いてから渡してやったともいいますし、ハス池のまわりをまわってこう命令したのだともいいます。
「ここに生えているアシはすべて、なかが、うつろになれ。」
こう命令してから、王さまザルは、手にアシを持って腰をおろしました。ほかの8万のサルも、手に手にアシを持って、池のまわりにぐるりとすわりました。そして王さまザルがアシで水を吸いはじめると、他のサルたちも同じように岸にすわったまま、いっせいに水を飲みました。こうやって水を飲まれたのでは、水にすむ人食い鬼も、サルを1匹もつかまえることができません。かんかんにおこって、水の底の家へ帰ってしまいました。王さまザルのボーディサッタも手下をひきつれて、森のなかへ帰りました。