Actions speak louder than words.

行動は言葉よりも雄弁

【タルムード】「お静かに、父が昼寝しております」

内容

 

パレスチナのアシュケロンに、ダマ・ベン・ネティナという人がいた。ダマとその家族は、宝石を売り買いしたり、羊や牛を飼ったりしていて、暮らしは豊かだった。ダマ一家はユダヤ教徒ではなかった。

神殿がエルサレムにまだあったころ、大祭司は、特別の衣装を身につけて儀式をとりおこなうことになっていた。金糸を織った祈祷衣をまとい、その上に正方形のホシェンという胸当てをつける。ホシェンには、イスラエル12部族をあらわす12個の宝石がはめこまれていた。12個の宝石にはそれぞれ名前がついていて、どれもたいそう高価だった。

ある日、そのうちのひとつ、ヤシュフェ(碧玉)がなくなっているのが分かった。あちこち探したが見つからない。そこで、そのヤシュフェを神殿に寄付してくれそうな人を探したが、それも見つからない。高値で買い取る、とおふれを出したが、だれも売りたいと申し出てこなかった。だいたい、そんなに高価な石を持っている人などいなかった。

あちこち探すうちに、アシュケロンのダマ・ベン・ネティナのところに、ヤシュフェがあることがわかった。ダマはユダヤ人ではなかったし、大祭司のホシェンの石がひとつ消えたことも知らないはずだった。ユダヤ教の賢者たちは急いで支度した。まず、ヤシュフェを買う金を集め、それから、使者たちをアシュケロンにむかわせた。

ダマの家に着くと、使者たちは扉をたたいた。

「こんにちは、ダマさん、いらっしゃいますか?」

「どうぞ、お入りください」ダマは、使者たちを招き入れた。「居間のほうにお入りください。ですが、どうかお静かにお話ください。父がとなりの部屋で休んでおりますので。で、ユダヤの旅の方々、ご用向きは何でしょう?」

使者の長は口ごもりながらいった。

「ダマさん、わたしどもはじつは特別の任務を帯びて伺いました。単刀直入に申します。エルサレムの神殿では、大祭司がホシェンという胸当てをつけます。その星には12個の石がつけられているのですが、そのうちのひとつ、ヤシュフェが消えてしまいました。というわけで、そのヤシュフェという石を探しております。その石を、お宅がお持ちだと耳にしました。こんなことを申してはなんですが、ヤシュフェを手に入れるために、相当な金額を支払いする覚悟で参っております。もう一つ、大事な事ですが、私ども安息日に入るまえに、エルサレムにもどらなければなりません。急いでおります」

男はほっと息をつき、会計係があとをついだ。

「というわけで、お宅にとっては、またとないご商売の機会だと存じます。即決の商談です。私どもはこの場でお支払いをしてヤシュフェを頂戴し、ありがとう、さようなら、と失礼いたします」

ダマが口を開く前に、会計係はお金のつまった布袋をテーブルの上にドンと置いた。

6千銀あります!」

ダマは布袋に目をやり、使者たちに目をやり、戸惑いながらいった。

「申し訳ありませんが、無理です」

使者たちは仰天した。無理とはどういうことだ?

「たしかにこのうえないお申し出ですので、断るなんて奇妙だと思うお思いでしょうが、無理なのです。少なくともいまのところは」

使者たちは理解できなくてたずねた。

7千銀をお望みですか?」

「無理です」

8

「ダメなのです」

1万では?」

「むだなことです」

「ダマさん、無理じいはできませんが、だったら、なぜお売りいただけないのか、ご説明くださいませんか」

ダマは黙ったまま立ち上がると、となりの部屋につながるドアを開けてのぞき、またドアを閉めて席にもどった。

「申しわけないですが、やはり無理なようです。たしかに、我が家の金庫にはヤシュフェがあります。高額なお申し出に異を唱えるつもりなどありません

使者たちは笑みを浮かべた。

「では、なにが問題なのですか?ヤシュフェを金庫からお持ちいただき、代金をお受け取りになれば商談成立、万々歳ではありませんか」

ダマはいった。「問題は、ただいま父が昼寝中だということです」

使者たちは、このダマという人物のいうことが、全く理解できなくなった。

最初は静かに話と言われ、つぎには売ることができない、無理だとつっぱねられ、だが値段に不満はないといい、それなのに、今度は父が昼寝中なのが問題だという。いったい商談となんの関係があるというのだ?

ダマは目のまえの人たちの視線のやりとりに気づくと、それ以上、あれこれ想像させる間をあたえなかった。

「きちんと説明いたしましょう。金庫の鍵は特別な財布に入っていて、その財布は枕のしたにあります。いま、その枕のうえに父の頭がって、父はぐっすり眠っております。もし鍵を出そうとすれば、父が目を覚まします。それに父は昼寝をしているときに起こされるの好みません。それどころか、昼寝は1番大事なのだ、とつねづね申しております。ありとあらゆる財宝をつまれても起こしてくれるな、もし起こされたら、イライラする、怒りっぽくなる、不機嫌でがまんならないやつになるぞ、といわれております。というわけで、私どもは商売熱心な一家ではありますが、午後の2時から4時は店をしめております」

「では、お父上は何時になったら目を覚まされるのでしょう?」使者たちはきいた。

「ああ、いい質問です。私も知りたいところです。いますぐにも、目を覚ますかもしれません。しかし、父は不眠症でなかなか寝つけないのですが、いったん寝入ると、今度はなかなか目をさましません。ですから、何時、とは申しあげられません。お急ぎだとわかっているのでせっかくの商談がだめになるのはいささか残念ですが、しかし、父は父、昼寝は昼寝ですので」

「たしかに、急いでおりますので、これ以上待つわけにはまいりません」と長はいった。「ですが、あなたがお父上を起こさないのは、まことにりっぱです。われわれはあなたのふるまいに敬意を表します」

「ありがとうございます」とダマはいった。「アシュケロンでは、それにわが家では、両親を何より大事にしております。私たちは両親を敬って大切にし、わが子たちはわたしたち夫婦を大事にし、きっとそのおかげで商売もうまくいっているのでしょう。ときには、そのせいで失敗もしますが、たいていは、親への態度をつつしんでいるおかげで、他人との喧嘩や口論をさけることができ商売も順調です」

使者たちは静かにダマ・ベン・ネティナの家をあとにし、馬車でエルサレムに戻った。とちゅう、会計係がいった。

「こんな経験は初めてだ。ダマの親への気配りをみごとだった。じつを言うと値段を釣り上げたいばかりの言いぐさで、しまいには、父親を起こすだろうと思っていた」

もう1人がいった。

「トーラー(旧約聖書の最初の五書で、ユダヤ教の教えの中心)を学んでおらず、モーセ十戒の「父と母を敬え」を知らない人が、あれほどに父親を大事に思って孝行していることがわかっただけでも、アシュケロンに出かけた価値はあった。親に孝行をせよ、という戒律の大切さを、ダマから学ぶことができた」

そして、使者たちはまたヤシュフェを探し続け、ついに見つけたのだった。

 

それから1年後、神殿では今度は赤牛を探さなければならなくなった。罪を犯した者を清めるため生贄にするよう、戒律で定められている特別な赤牛だった。

赤牛探しがはじまったが、なかなか見つからず、またしてもアシュケロンのダマ・ベン・ネティナのところに赤牛がいるという知らせがとどいた。死者たちは再びダマの家へ出かけていき、扉をたたいた。父親はまた昼寝をしていたが、赤牛は金庫にしまわれてはいなかったので、ダマは、今回は商談にのってきた。

「いつかもどっておいでになる、とわかっておりました」と、ダマはいった。「とはいえ、どうやらヤシュフェは見つかったようですね。よろこんで赤牛をお売りしましょう。さしつかえなければ、ヤシュフェの代金としてお申し出くださった金額をいただきたいのですが、いかがでしょうか? 父への気づかで失った6千銀を、赤牛の代金としていただきたいのです」

使者たちは値引き交渉などいっさいしないで代金を支払い、赤牛を受け取った。使者たちは、親を大事にするダマから赤牛を買うことができてよろこんだ。

「親孝行の家で育ったこの赤牛をエルサレムの神殿奉納するというのが、なんとも気に入りました」と使者の1人がいった。

「赤牛を見て、ダマさんとその父上のことを語り伝えましょう」

見送りがてら出てきたダマは、使者たちと別れの握手をしていった。

「そろそろ、ほんとうのことを父にいうときがきたようです。親を敬って多大に損をし、また、多大にもうけてとりもどしたと。父が目をさましたか、見に戻るといたしましょう」

 

 

本のタイトルにもなっているこの話、何を伝えたい話なのか難しい。

親孝行しながらちゃんと儲けを出しているということかな。