内容
この世で1番聡明な知恵者ソロモン王は、宮殿の庭にあるイチジクの木陰で、午睡を取ることにしていた。あくびをするソロモン王のそばで、2人の護衛が扇をあおいでハエを追いはらった。
「もうじき、ソロモン王は昼寝をはじめられる」と、護衛たちは思った。
たしかに、数分もたたないうちに王は目をつむった。
護衛たちは扇をあおいで風を送り続けていたが、あたりを飛びまわっていた1匹の小さなミツバチがソロモン王の鼻にとまり、チクッと刺したのに気がつかなかった。
「イタッ!なにかに刺されたぞ!」ソロモン王は叫んで、立ちあがった。
王の鼻はたちまちぷっくりふくれ、ザクロのように赤くなり、やけどしたみたいに痛みだした。
「いまわしい生きものめが!」王はいきまいた。「ブヨか蚊か、スズメバチがミツバチか、なんでもいい、勇気がわずかでもあるのなら、出てこい!」
だが、いたずらっ子のミツバチはさっと逃れて、イチジクの白葉影に隠れてしまった。
「鼻が!」ソロモン王は、赤く腫れあがってリンゴほどにもふくらんだ鼻を押さえてうめいた。痛さにいらついて、王は広間にもどって怒鳴った。
「大臣はじめ、みなの者!ただちに、棘や針をもつ者はすべて宮殿に出頭せよ、と命じるのだ!」
さほどたたないうちに、宮殿の広間には、蚊やブヨやスズメバチの大群が押しよせてきた。
「ナーンダーヨ?ナニガーガーアルンーダーダー?」たがいにブンブンいいあっている。
「静粛に!」ソロモン王は右手をふって叫び、左手で鼻を押さえた。「ハチ1匹たりとも、しゃべることはまかりならん。蚊1匹とも、ブーンといってはならん。ああ、イタッ!」王はため息をついてつづけた。「わしの鼻をこんなにした張本人は、出てくるのだ!」いいおわると、王は左手をはずして、よもや鼻には見えない、もちろん、ソロモン王の鼻とはとうてい思えない、赤く膨らんだものを見せた。
「さあ!」ソロモンは声をはりあげた。「わしをこんな状態にした卑劣なやつは出てこい!」広間は一瞬、シーンと静まり返った。ハチも蚊もブーンといわず…だが、一瞬のちに、大群の間にブンブンブツブツと騒音が広まっていった。
「だれだ、王にいたずらしたのは?」「どこのどいつだ?」
大群がブンブンブツブツいいあっていると、ミツバチの群れから小さなミツバチが飛びだし、王の前に飛んでいった。
「すみません、王さま、あたしがやりました」
「おまえが?」ソロモン王はうなった。鼻はますます赤みを増している。「チビのおまえが?ありえんことだ。なぜ、こんな大それたことを?」
「申しわけありません…王さま」ミツバチはいった。「あたしは…まだ小さくて、鼻と花の区別がつけられなくて、その…王様の鼻を…花だと思ったのです」
「花だと!」ソロモンはあきれた。「しかし、花と鼻は音は同じでも、似通ったところは少しもないぞ…」
「王さまの目にはそうでしょうが、あたしみたいに小さなミツバチには…王さまの鼻はバラの花のようでした!それに、匂いもよかったのです」
「匂い?」王はびっくりした。「鼻は、匂いをかぐものと思っていたが…鼻にも匂いがあるのか」
「はい」ミツバチはいった。「人間は、たとえ王さまでも、自分の花の匂いをかぐことはできませんが、鼻はちゃんと匂いがするのです」
「ふむ」と、ソロモンはいった。鼻に匂いがあるとは、いままで知恵を学んできたというのに考えもしなかった、と思った。「で、わしの鼻はどんな匂いがするのかな?」恥じらいをふくんで聞いた。
「王さまの鼻は、蜂蜜の森の甘い香りがします」ミツバチは答えた。
「なんと!」ソロモン王の目に笑みがよぎった。それから顔をほころばせた。
「ほんとうです、いつもいい香りがします」ミツバチはいった。「もう一言、いわせてください」
「いってくれ。全身を耳にしておる」そういったものの、鼻がずきずき痛みだしたので、王はまた、けわしい顔つきになった。
ミツバチは黒くキラキラ輝く目をソロモン王に向けた。
「王さまは『箴言』や『雅歌』をお書きになるほど賢い方です。あたしにはちっぽけな脳みそしかありませんが、それでも王さま、小さな生きものが役に立つこともあります。ひょっとしていつの日にか、あたしが王さまをお助けすることがあるかもしれません。あたしを必要とされるかもしれない…」
「おまえが、か?」王はいささかいらついていった。「おまえが大きなハチなら話は別だが、蚊ほどに小さいミツバチではないか!さっさと、どこへなりと消えてしまえ!」
ソロモン王が手をふって追いはらうまえに、ミツバチをさっと飛びたって消えた。
「ワッハッハっ、ミツバチの戯言を聞いたか?」王は腹をかかえて笑った。「あのこわっぱが、王を助けるとはな!」
やがて、ソロモン王の鼻は元にもどった。相変わらず、ほかの人の鼻よりいくぶんブンブンふくらんではいたが、いずれにしても、大きな鼻の主はソロモン王だけとは限らない。地球上のだれより聡明なソロモン王は、そのうち鼻が痛かったことを忘れ、ミツバチのことも忘れた。
時が流れ、ある日、大事な客人が宮殿を訪れた。シバの女王だった。
女王はたいそう美しく、とても賢く、だれにも解けそうもない問題やなぞなぞをつくる才に長けていた。
シバの女王は心の中でつぶやいた。そソロモン王は抜きん出て聡明だと、みながいっている。謎かけをしてためしてみましょう…。
女王はソロモン王に謎をいくつもだし、王はそのすべてを解いた。
「どうです、わたしほど賢い人間に会ったことはないでしょう?」王はいった。
「おっしゃるとおりです」女王はいった。「王は賢者にして学者でいらっしゃいます。けれど…賢い人が、かならずしも感性が鋭いとは限りません」
「あなたの美しさを感じとったが…?」王は反論した。
「ありがとうございます。でも、私の美など、たいしたものではありませんわ」シバの女王はいった。「ですが、王が美を愛しておいでなら、これからちょっとしたものをお見せしましょう」シバの女王は召使いになにかいいつけた。召使いは小走りで外にでていくと、すぐ花束をかかえてもどってきた。
「ほう、なんと美しい花だ!」王は感嘆した。「女王のお国の花ですか?」
「そうとも言えます」女王はいった。「ですが、わが国の野でつんだ花はたった1輪だけ。この花束のなかで本物の花は1輪で、ほかの花はすべて、職人が作った造花なのです。もし、王様がご自慢あそばすように感性が鋭くおいでなら、その1輪を見分けられるはずですわね」
「ぜんぶ同じように見えるが…」ソロモンはうめくようにいった。
「ええ、たしかに!」女王はうなずいた。
そのとき、王の頭にひらめくものがあった。わかった、匂いをかげばよいのだ。なぜ、すぐに思いつかなかったのだろう、簡単なことなのに。
だが、ことはそう簡単でも単純でもなかった。王は1輪1輪花の匂いをかいだが、どれもそっくり同じ匂いがしたのだ。
なんということだ、と思った。シバの女王は、私に謎解きをしかけて勝利したと、自慢するだろう。もっとまずいのは、わたしの感性は鈍いと女王にもみんなにも思われることだ。
王がひそかに嘆いていると、かすかにブーンという羽音が聞こえてきた。音のする方に目をやると、窓の外に小さなミツバチがいた。
ほら、こんなにかすかな羽音さえわたしは聞き分けて、小さなミツバチにも気づいた。感性が鋭いという証ではないか。
そして、ふいに、なにをすべきか気づいて、召使いに命じた。
「すぐ、窓を開けよ!」それからシバの女王にいった。「偉大な頭脳がきちんとはたらくためには、いささか澄んだ空気が必要なのです」
窓が開くと、ミツバチが飛び込んできたーーーが、ソロモン王のほかは、だれもミツバチに気がつかなかった。
ミツバチはあちこち飛びまわり、そのうち王のそばに飛んでくると、王の視線の先にある花束の中の1輪にもぐりこんだ。
「いかがでしょう、ソロモン王?」シバの女王はおもしろそうに聞いた。「降参ですか?」
「いやいや」そういいながら、ソロモンは花束に近づき、ミツバチがもぐりこんでいる1輪を自信たっぷりに引き抜くと、満面に笑みを浮かべてシバの女王にわたした。
こうして、ミツバチは恩返しをした。
ソロモン王も、シバの女王と心おどる数時間をともにすごしたのち、「箴言」をしたためたのだった。
「ことばをあなどるものは滅ぼされ、戒めを敬う者は報われる」
受けた恩は返さないとなと思う。そう考えるといろんなところに種を蒔いておくことも大事だなと思うし、人付き合いも大事にしないとなーと思う!