Actions speak louder than words.

行動は言葉よりも雄弁

【グリム童話】漁夫とその妻

内容

あるところに、とても貧しい漁師がいました。彼は、妻とあばら家に住み、毎日、すぐ近くの海で釣りをして、生計を立てていました。

ある日、透き通った海で漁師は、ヒラメを釣り上げました。

ヒラメ「お願いです。僕を逃してください。僕は、魔法にかけられた王子なのです」

漁師「それ以上、言わなくてもいいよ。言葉をしゃべるヒラメなんて、そうそういないからね。魔法にかけられたのは本当だろう」

漁師が釣ったヒラメを針からはずして逃してやると、ヒラメはちょっとだけ血を流しながらも、遠くに泳いでいきました。

漁師が家にもどって、この話をすると、妻は、「あんた、何もお願いごとをしなかったの?」と言いました。

逃してやった見返りに、お願いごとをすれば、叶えてくれるはずだったと、妻は言うのです。

妻は、こんなおんぼろの掘っ立て小屋に住むのは、もううんざりだから、海に行って、ヒラメに、小さな家をお願いしてこいと、漁師に言いました。

漁師は気が進みませんでしたが、妻に押されて、また海に戻りました。先ほどまで澄んできれいだった海は、ちょっと緑と黄色がまざった色になっています。例のヒラメがやってきました。

「ヒラメさん、ヒラメさん、妻がお願いごとをしろというからやってきました。私じゃなくて、妻のお願いごとです」

「で、奥さんは何が欲しいって言っていますか」

「こじんまりとした家です」

「もう奥さんは、手に入れています」

漁師が家に戻ると、掘っ立て小屋のかわりに、こじんまりとした感じのいい家が建っており、中に妻がいました。必要な家具もいい具合に入っており、裏庭までついています。ヒラメは、願いごとを叶えてくれたのです。

1~2週間は、その家で、楽しげに暮らしていた妻でしたが、だんだん欲が出てきました。

「私、こんな小さな家じゃいやだわ。あなた、ヒラメに、お城をお願いしてきてよ」

「なんだって? とてもいい家じゃないか。城だなんてとんでもない。そんなわがままを言ったら、ヒラメが怒ってしまうよ」

しかし、妻が「あんた、私の夫でしょ? ヒラメに頼んでよ!」と強い態度に出たため、漁師はしぶしぶ海に戻りました。海は、濃い青とねずみ色で、ちょっとよどんだ感じになっていました。

漁師が、前のようにヒラメに城をお願いすると、ヒラメは、「奥さんは、もう手に入れているよ」と言いました。

家に戻ると、妻は、立派な城の中にいました。家具もさらに立派になっており、王座に座った妻の横には、たくさんの女官が、かしずいていました。

しばらくは、城の生活に満足していた妻ですが、また物足りなくなり、今度は、「王になりたい。ヒラメにお願いしてきて」と言います。

漁師は抵抗しましたが、またも妻に逆らえず、ヒラメにお願いしに海に行きました。海はさらに汚い、ねずみ色になっていて、臭いもありました。

このときも、ヒラメは、「奥さんはもう王様になっているよ」と言います。漁師が、城に戻ると本当に妻は、王様になっていました。

王様になってしばらくは楽しそうにしていた妻でしたが、またもや現状に満足できなくなって、今度は、「皇帝になりたいから、ヒラメに頼んできて」と漁師に言います。

「なんてことを言うんだ、王様で十分じゃないか、そんなにわがままばかり言うなよ」と漁師は抵抗しましたが、またも妻に押されて、海に戻りました。

海は黒くなっており、強い風が吹き荒れていました。

このときも、ヒラメは、「奥さんは、もう皇帝になっているよ」と言ったので、漁師が家にもどると、大理石や金など、豪華で高価なものでできたお城に、金やダイヤモンドを身に着け、皇帝になった妻が、キラキラと輝きを放ちつつ、座っていました。家臣も沢山います。

「もうこれで、満足しただろ?」

「う~ん、そうね。どうかしら?」

妻はしばらく皇帝の暮らしをしていましたが、やはり、満足できず、今度は、「法王になりたいから、ヒラメに頼んできて!」と言います。

漁師は、「とんでもない、そんなことは頼めない、めっそうもない」と抵抗しますが、妻が、「あんた、私の夫でしょ!」と言うので、またも言いなりになり、ぶるぶる震えながら、ヒラメに頼みにいきました。

海は荒れており、空も暗くなって、不吉な雰囲気です。しかし、ヒラメは今回も願いを叶えてくれました。

法王になった妻に、漁師は、「今度こそ、満足しただろう? 法王より偉い人っていないのだから」と言います。妻は、「う~ん、そうね。どうかしら? ちょっと考えてみるわ」と答えました。

夜になり、2人は寝床に入りました。漁師は、海と家の往復や、妻やヒラメとのやりとりですっかり疲れていたので、ぐっすり眠りました。

妻は一睡もできません。「もっと、すごいものが欲しい」という、欲にかられていたからです。しかし、法王より偉い人はいないため、何を求めていいのかわかりません。

朝になって、月が沈み、太陽が上るのを見たとき、妻は、「自由に太陽や月をのぼらせることができるようになれたら」と思いつきます。そして、こう、漁師に言いました。

「私、神になりたい。ヒラメに頼んできてよ」

漁師はびっくりして、「とんでもない、そんな恐ろしいこと」と言いましたが、またしても、「あんた、私の夫でしょ!」という言葉に負けて、びくびくしながら、海に出かけます。

海は、これでもか、というほど荒れてひどい嵐になっていました。波は驚くほど高く、空も真っ暗です。

「奥さん、今度は何が欲しいって?」

「神になりたいと言うのです。私が願ってるわけじゃありません。あくまでも、妻がそう言っているのです」

「家に帰ってごらん。奥さん、もとの臭い掘っ立て小屋にいるから」。

漁師と妻は今も、その小屋に住んでいます。