Actions speak louder than words.

行動は言葉よりも雄弁

【タルムード】皇帝とラビ

内容

 

1867年、フランツ・ヨーゼフはオーストリアの皇帝にして、ハンガリーの国王になった。ヨーゼフ皇帝の時代はユダヤ人の民にとっておだやかなよき日々で、帝国に住むユダヤ人たちは皇帝を「いと賛美されし御方」とたたえた。

ヨーゼフ皇帝は、ユダヤ人たちの精神的指導者であるラビを重んじることでも知られていた。ペリシェブルグのラビは皇帝への面会がゆるされたばかりでなく、親しい友人でもあった。ラビは、宮殿でもよおされる帝国の祝いごとにたびたび招かれた。そして豪華な祝宴では、皇帝の側近や高官、顧問官や名士につらなって会話に加わり、ユダヤ人社会からの祝辞を伝えるのだった。

皇帝はラビのために、わざわざユダヤ人の料理人を雇い入れ、ユダヤ教の食事規定にあった特別なごちそうを作らせ、ラビが安心して食事を味わえるように、ブドウ酒もユダヤ教にかなうもの用意させた。

キリスト教の聖職者たちは、皇帝とラビの親密な関係をねたんだ。ユダヤ人嫌いの高官たちも聖職者たちに同調し、ラビが皇帝に大事にされる様子を目にすると、憎しみをふくらませた。聖職者や高官たちは、皇帝のまえでラビにケチをつけるきっかけを探し、悪い噂は無いかと耳を澄ました。だが、何も聞こえてこなかった。ラビの一挙手一投足を見張ったが、ほころびはなにひとつ見つからなかった。

フランツ・ヨーゼフ皇帝の誕生日になった。帝国のしきたりにのっとって、目を奪わんばかりの豪華な祝宴がもよおされた。楽団が美しい旋律を奏で、踊り手たちが舞い、俳優たちが芝居の有名な場面を演じてみせ、ピエロが祝いを盛りあげた。

余興のあと、宴がはじまった。名士や有力者や高官、多民族国家であるオーストリア=ハンガリー帝国のさまざまな民族の長たち、聖職者たちが席につらなった。ペリシェブルグのラビも列席した。その日は、たまたまユダヤ教安息日と重なっていたが、ラビは無理をして出席した。

テーブルには、各地から取り寄せられた山海の珍味がたっぷり並んだ。やがて、身体が重くなるほど満腹して心地よい疲れに満たされると、顧客たちは別室に招き入れられた。香りのよいコーヒーとデザート菓子がふるまわれた。コーヒーが配られる頃合いをみはからって、皇帝は、上等なたばこを客たちに自らの手で配った。ラビも受けとった。芳しい香りがして、ひと口吸うと頭がすうっと澄みわたるという、金色の吸い口に帝国の紋章が描かれた美しいタたばこだった。

高官たちはたばこに火をつけ、皇帝の誕生日を祝った。だがラビは、安息日には火をつかってはいけないとユダヤ教の戒律を守り通したかったので、上着のポケットにたばこをしまいこみ、大事な友である皇帝の尊厳を傷つけないよう気づかって、人目につかない部屋のすみにひっそりとたたずんでいた。

その様子を聖職者たちはめざとく見つけ、皇帝の耳にこっそりささやいた。

「皇帝陛下、ごらんください。あのユダヤ人は陛下の友であるはずなのに、陛下を見くびって、まさにお誕生日だという今日、嫌悪をむきだしにしております。おそばに寄ってお祝いをいわないですむよう、すみに隠れているのをごらんください。陛下と視線をあわせたくなくて、うつむいているではありませんか。なんとまぁ、恩知らずで、心根が悪いのでしょう」

皇帝は聖職者たちのことばをしっかり聞き、高官たちが、そうだそうだと同調する様子にも目を止めた。皇帝は腹が立ってきたが、祝賀の雰囲気を壊したくなかったので、宴が終わるまで平静をたもった。宴が終わり、招待客たちが退出しはじめると、皇帝はラビを呼んだ。

「どうやら、ユダヤ教徒たちの代表であるラビ殿は、皇帝であるわたしが大して好きではないようだな。ユダヤの民も同じように、わたしを嫌っておるのかな?」

ラビは急いで反論しようと口をあけたが、皇帝はことばをつづけた。

「そなたは、わたしの誕生日の祝いにさえ、心から参加してはおらんのだな。友情のしるしとして手ずから配ったたばこさえ、みんなの輪に加わっていっしょにくゆらせようとはしなかった。あのたばこには帝国の紋章が描かれている。皇帝にもっとも近しい者たちだけに特別な贈りものとして配ったというのに、そなたは私の心配りを無視し、軽んじ、ひいては帝国全体をあなどった」

ラビオ頭をさげたまま、答えた。

「高貴なる皇帝陛下、陛下をあなどってなどおりません。尊敬しております。私があなどっているのは、陛下に私の悪口を吹きこんでそそのかした高官や聖職者たちです。彼らは陛下から頂戴したたばこに火をつけ、吸ったりふかしたりして、あっという間に灰にしてしまいました。せっかくの皇帝陛下の贈りものなのに、もう、彼らには何も残っておりません。わたしは、陛下から頂戴したタバコを家に持ちかえります。そして銀の箱におさめて、生涯大事に守ります。祝いごとのたびに、民のみなに見せるつもりでおります。ユダヤ教の祭日には一族の者たちに見せ、高貴なる皇帝陛下からたばこを頂戴するまたとない栄誉を得たことを、子々孫々まで語りつぐつもりでございます」

皇帝の顔が明るみ、口元に笑みが広がった。皇帝はラビを抱きしめ、見送りながら約束させた。

「われらの友情を、いつまでも絶やさぬように」

 

 

 

こうやって、足を引っ張る人に対してさらっと対応できる力が必要だなと思う。こういうことをされた時にぐちぐち文句を言うだけでなく、行動できる人になりたい。