内容
クルディスタンのディヤルバクルという町に、腕のたつ産婆(助産師)がいた。その家の女たちは代々、産婆業を務めてきた。いまの産婆も長年経験をつみ、仕事熱心でもあったので、そのあたりでは「黄金の腕」の主として知られていた。誰もがーユダヤ教徒もイスラム教徒もーその産婆をたよってきた。
あるとき、井戸のそばを通りかかった産婆は、お腹が丸々とふくらんだ大きな黒猫を見かけた。産婆は心のうちで、あの黒猫がわたしのものなら、きっと手を貸しておさんを助けてやるのに、とつぶやいた。
その夜おそく、家の門をたたく音がした。産婆は急いで起きあがり、門まで行って外を覗のぞいてみた。門のそばには黒い服の男が二人いて、「産婦の家までおこしください」という。産婆は大急ぎで着替え、いつものようにお産の道具をととのえて支度をした。
男たちに案内されて歩いていくうちに、やがて野原にぽつんと一軒家が見えてきた。産婆は、その家の階段を何段も何段ものぼって、こうこうと灯りのついた最上階にたどり着いた。ごちそうがならんだテーブルでは、男たちや女たちが食べたり飲んだりしている。全員が楽しげにうかれ、踊りだす若者もいた。
部屋に入ったとたん、産婆は、このひとたちは人間でない、シェド(悪霊)だと気づいて、ふるえあがった。
案内の男たちが、産婦の部屋でお産を助けてやってくれ、といった。その産婦もシェドだったが、産婆はかいがいしく、いつもどおりの手順で産婦をはげまし、お産を助けた。そうして無事に、健やかな赤ん坊が誕生した。
ひと仕事終えた産婆を、シェドたちはテーブルに招いた。皿からは、おいしそうな匂いがたちのぼっている。産婆はお腹がペコペコだったので、料理に手を伸ばそうとした。すると、かたわらにいたシェドがささやいた。
「食べちゃいけない。ちょっとでも口にしたら、死ぬかもしれない」
産婆はそのシェドの忠告を胸にとめ、出された料理にはいっさい手を触れなかった。
産婆がなにも口にしないので、シェドたちはは何度も「召し上がってください」とくりかえした。だが、産婆はすました顔でいった。
「わたしは、ユダヤ教の食事規定にそって料理されていない食べ物は受けつけませんのでね。いままでずっと、自分の家の料理しか口にしたことがないものだから」
すぐさま、小柄のシェドが産婆の家に飛んでいった。そして、さほど待つ間もなく特製の鍋に入った料理を運んできた。産婆は好物の安息日の料理をゆっくり味わい、空腹を満たした。
食事をしながら踊っている連中をチラチラ見ると、たいそう美しい娘がいた。よくよく見ると、その娘は長男の嫁とそっくりのドレスを着ている。ついこのあいだ、産婆自身が縫ってやった絹のドレスそっくりだった。
産婆は油でよごれた手で、そのドレスに触った。目印にしようと思ったのだ。
宴が終わり、産婆は家に帰りたいといった。シェドの長が、「お礼を十分に差し上げたいのでスカートを広げてください」といった。産婆は何枚も重ねばきしていたスカートのいちばんうえを広げると、長はニンニクの皮を隠し場所からこっそりかかえてきて、スカートのうえにおいた。
階段を何段も何段もおり、また二人の男に連れられて、産婆は長い道のりを歩いた。町の近くを流れている川のてまえで見送りについてきた男たちと別れて、産婆は1人で家に向かった。橋をわたりながら、産婆は心のなかでつぶやいた。ニンニクの皮なんて、もらったってどうにもならないじゃないか。こんなてなんの役にも立たないもの、川に捨ててしまおう。
産婆がスカートをふりおろすと、ニンニクの皮は川に落ちていった。その瞬間、金貨が見えた。産婆はびっくり仰天したが、もうどうにもならない。金貨は川の流れにのって行ってしまった。けれども、たまたま1枚だけ、スカートのひだにかくれて残っていた。まるで、お産を手伝った代金のようだった。
家に戻った産婆は、長男の嫁のドレスがあるかどうか、衣装ダンスを開けてみた。ドレスがあった。油のシミもしっかりついていた。
産婆は、嫁がこの家にきてからの新しい衣ぜんぶに針を刺した。魔物やシェドや災いをもたらすものに効き目があるといわれるまじないだった。こうして、産婆も家族も、みんな助かった。
その夜以来、産婆が猫を家に近づける事はなかった。
タルムードは似たような話があるなと思った。前に、産婆と悪魔の似たような話を読んだ気がするけどシェドなんて出てきたかな?
とりあえず、この話の教訓は何だろうと考えてみたけど、対価は多くもらおうとせず、しっかり働けば十分な額が手に入るということかな?
いまいち何が教訓なのかわかりにくい話だった。